ヴードゥ―狩り

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「じゃあ、今度一緒に映画見に行こうよ!」  スマホの画面に映し出されたメッセージを見て、私は思わず舞い上がってしまう。画面の向こうにその姿が見えるわけでもないのに、咳払いをして平静を装う。  前から気になっていたA君。彼と連絡先を交換して、ようやく二人で出かける予定が出来た。唇をかみしめて、冷静な表情をしようとするけれど、どうしてもにやけてしまう。何て返事をしよう。あんまり返信が速すぎても引かれるよな……なんて、心の中で会議をすること数十分。これならいける、と思えるメッセージを書いて彼に送った。  それからほんの数分後。メッセージの受信音が鳴る。思っていた以上に早い返信に、はやる気持ちを抑えながら、画面を開く。そこに映し出されたのは、残念ながらA君からの返事ではなかった。 「ヴードゥ―狩りに行かない?」メッセージの送り主は、友達のT子だった。ヴードゥ―狩り? ブドウ狩りじゃなくて? 私は心の中で、そう呟いた。  夏が終わって、今の季節は秋。ちょうどブドウ狩りシーズンのはずだ。けれど、ヴードゥ―とは一体。疑問をそのままぶつけると、こう返ってきた。 「ヴードゥ―人形って知らない? それの収穫体験ができるんだけど」  人形の収穫体験? そもそも、ヴードゥ―人形というものが何たるかが分かっていないのに、立て続けによく分からない単語を並べないで欲しい。  まず、ヴードゥ―人形について調べてみる。どうやら、それを持っていると願いを叶えてくれる人形らしい。様々な色があって、色ごとに効果が異なる。  面白そう、と思った。せっかくだから行ってみることにした。T子には、行ってみたい! と返信をしておいた。 ***  数日後、T子と私は予定を合わせて、ヴードゥ―狩りへ向かった。車の運転はT子。二人とも免許は取ったばかりだ。今回はとりあえず、誘った私が運転するよ、とドライバーをやってくれた。  目的地へ向かう道すがら、T子がさらに詳しい情報を教えてくれた。 「今回行くのは田舎のヴードゥ―農園で、ヴードゥ―人形の収穫体験をさせてもらえるんだよ」  何度聞いてもブドウにしか聞こえない。そんな思いを胸の内に秘めたままで、私たちは”ヴードゥ―農園”に到着した。  そこで見たのは、とても不思議な光景だった。人が簡単に収穫できるように、樹勢を低くして育てられた樹々のいたるところから、ヴードゥ―人形が実っていた。その色も様々。  木漏れ日に、あらゆるヴードゥ―人形の色が混ざり込んで、農園全体がヴードゥ―化している。ヴードゥー化って何だ。と思いながら、近くにある人形に触れてみる。クリクリの目に小さな手足。何だかとても可愛らしいなと思った。  私は最終的に白色のヴードゥー人形を、T子は、ピンク色のヴードゥ人形をそれぞれ選んだ。白は幸運を、ピンクは恋愛運を上げてくれるとか。早速私たちはそれを身近なカバンなどに取り付けて、持ち歩くことにした。  異変が起きたのは、それから数日後のことだった。  今まで順調に行っていたはずのA君とのやり取りが、急に滞り始めたのだ。あまり返信が来なくなり、いつの間にか映画を見に行く約束も白紙に戻った。  どうしてだろう。ヴードゥー人形を眺めながら考える。明日A君と大学で会えたら、ちょっと聞いてみようかな。迷惑がられるかな。今までみたいに話せるといいんだけど。もやもやして、あまり眠れないままに、夜は過ぎていった。 ***  翌朝、髪形もうまく決まらないまま、大学へ向かった。クマとかやばいかも。瞼がやけにごわごわするし。何度もまばたきを繰り返しながら歩いていると、視界の端にカップルらしき二人組が歩いているのが見えた。だいぶ遠くに居たため、すぐにその姿は見えなくなった。手を繋いでたっぽかったな、仲睦まじいことだ。と思った。けれど、すぐに違和感を覚える。 「……あれ?」どこかで見たことあるような。カップル、というか。  今の二人、A君とT子? 回らない頭で考えたせいで、余計に混乱する。  どうして二人でいたの? 何かすごい楽しそうに話してたけど。私がA君のこと気になってたの、知ってるよね? T子。手、繋いでた、よね。  それからの記憶はあまりなく、一日の最後にT子へメッセージを送ったのは覚えている。そして、返ってきたメッセージをまとめると、以下のようになった。  朝、二人で手を繋いで歩いていたのは本当。どうやら二人は付き合い始めたらしい。T子ははじめ、私のことを話したらしい。つまり、私がA君のことを好きで、アプローチをしている、と。あまり本人に言って欲しくはなかったけれど、いいや、と思った。それでも彼はT子がいい、と言ったらしい。  前までは、私のことが気になっていたらしいけれど、今はどちらでもいいのだと。  寒気がした。今まで安定していた足場が一気に崩れ落ち、真っ逆さまに奈落へ落とされたような気持ちになった。なんだそれ、なんだそれ、と思いながらも、私は冷静にスマホを操作し、彼女へ返信を送った。なるべく動揺していなふりをしながら。  続けざまに、調べ物をする。ヴードゥー人形について。白い人形は幸運を、ピンクの人形は恋愛運を上げてくれる。ピンクの人形は、恋愛運を。ピンクの人形は。  ……彼女は、本当に彼から偶然、アプローチされたの? それとも、本当は彼女も彼のことを狙ってたの? 私が、彼のことを気になっていると知っていながら?  そこまで考えて、過去の記憶がフラッシュバックする。彼女の、彼に対する視線。時々、三人で話すことがあった。どこにでもある、他愛ない会話。  その時の、彼女の、彼に向けられた、特別な、視線。  さらに、ヴードゥー人形について、詳しく調べる。とにかく、頭の中を別の情報で埋め尽くしてしまいたかった。すると、こんな内容が出てきた。  古くは、ヴードゥー人形は呪いの人形として使われていたらしい。日本で言うところの、藁人形と同じ扱い。人形に思いを込めながら針を打ち込むとマイナスな願いでも叶うのだという。  ……へえ、そっか。なるほど。なるほどね。なぁんだ。  そんな情報があるなら、もっとはやくおしえてくれればいいのに。  ここまできて、私は、自分自身がひどく冷静になっていることに気づく。いや、冷静でないからこんなことをしようとしているのだろうか? いまからやろうとしていることはたった一つ。とても簡単なことだ。  ……ええっと、小学校のころに使っていた裁縫セット、どこに仕舞ってたかな。  何本くらい、針、のこってるかな。
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