プロローグ

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プロローグ

━━━━━━━━━━  荒廃した地を進む一行。  見渡す限りの岩砂漠。  乾いた強風が頬を打ち続ける、この不快感。 「あー、もう嫌!ほんとやだ!何でこんな悪路なの!誰よ⁈こんなゴミルート選んだ思慮浅ヤロウは!!」  私はたまらず、しばらくは耐え忍んでいた心のうちを吐き出した。 「聖者様でしょ⁈見栄はっちゃって!ハクがつく苦行の巡礼旅とか誰得よ⁈聖者様一人ならともかくとしてねぇ、今は、私!私が一緒なんだから!私の身にもなって行程考えてくれって話よ!わかってんの⁈ねぇ!ちょっと聞いてんの?聖者様!!」 「聞いているよ」  私の右隣を歩く男、聖者様が返事をした。 「いいかい壽賀子(すがこ)さん、次の町へ着くのは夕方になる。なるべく体力は温存するべきだ。おしゃべりは消耗の元だよ」  耳に心地よい、低音の、美しい響きのある声。 「砂混じりの風が口に入れば喉を痛めるしね。私も君と話したいことはたくさんあるけども、今は我慢しておこうね」  上品で、ゆっくり丁寧な優しい物言い。  白銀色の長い髪に、端正な顔立ち。  知性に溢れた賢そうな眼差し。  涼しげで穏やかで理知的、かつ、厳かで幻想的で、それはそれはとんでもなく浮世離れした高貴で聖なる雰囲気を纏っておいでになる、まばゆいばかりのこの御方。    聖者様は、常に自分を律して、理想の聖人像を保ち続けていた。  こんな苦難に満ち満ちた旅程でも、である。 「あー、はいはい、さっすが聖者様〜!立派ですねぇ!」  私はあえて、嫌味ったらしい口調で彼をあしらってやった。 「私みたいな一般人とはちがって、すっごいですねぇ〜えっらいですねぇ〜」    そこまで言い終えてから、気がついた。  ん?一般人?  一般人というワードを自ら使用してから、そこで私は、はたと我に返った。 「━━ああ、そうだった。もう、一般人ですらなかったわ、私」  私の名前は、さっき聖者様に呼ばれた通り。  壽賀子(すがこ)さん。  この世界の住人からしてみれば、異世界人である。 「私がねぇ、まさかねぇ、罪人!なんてねぇー!流刑囚とか!ふざけんなってかんじよねぇ!」  私、壽賀子(すがこ)が元いた世界とは、近未来の現実世界のこと。  近未来の現実世界では、死刑が廃止されたんだけどさ。  その代わりに、異世界への島流しの刑、というのが採用されてしまったわけよ。  うん、そう。  私は、罪を犯した囚人……。  でも、別に悪いことはしていない!!  ただただ、現状への不満をブツブツ言ってただけ!  文句言ってただけ! 「だって税率がさ!異世界、ここ、聖者様のいるこの世界では、超絶良心的な3割以下なんでしょ?それなら、さほど不満もないかもしらんけども!」 「壽賀子(すがこ)さーん」 「うちの世界はさ、8割だよ?税金で給料の8割持ってかれるんだよ⁈八公二民だよ⁈いや、やってらんねえよ!何だこの税率!江戸時代に薩摩藩の農民が、収穫の8割を納税させられててさ、八公二民の天下一の高税率って伝説になってたけども!うちの世界、今、それと変わらねぇ酷さよ!そりゃあ怒るでしょうが!」 「喉を痛めるよー」 「額面〇〇万円で、手取りは〇〇万円だよ⁈ふざけんなよ!社会保障費も取りすぎだっての!ボーナスからも税金取るとか、冷静に考えてみたらわけがわからんわ!大体議員数が多すぎるのが悪いんだよ!政治家の年収も何だあれ!貰いすぎだろうが!議員数も議員年金も減らしやがれ!」  こんな感じで不平不満ブツブツ言って悪態ついてたらさ。  政治批判だ!反体制思考だ!っつって、お役人に怒られて、連行されてしまったのだ。  思想犯として投獄されたわけよ。  近未来の現実世界。  たったこれだけのことで逮捕されてしまうという、恐ろしい政治体制なのだった。  みんな政府が怖くて、文句も言えない世の中になってしまったのだ。 「あっちの世界ではねぇ⁈ 文句や悪口、不平不満、愚痴も悩み事の相談も毒吐き出しも、悪態も皮肉も、完全アウトなの!信じられる⁈社会に不満があっても、表に出しちゃダメなんだよ⁈みんなニコニコ幸福度の高い国民のふりをして過ごさなきゃならないの!」  ネガティブ発言、絶対ダメー!な、イカれた世界。  耐えかねて、ちょっとでもブツブツ文句言ったりすれば……。  内乱予備罪だの内乱陰謀罪だの国家政権転覆罪だの騒動挑発罪だのと難癖つけられて、しょっぴかれて、現実世界から追放されて、異世界に放り出される……。 「国や体制への不満とか〜税率への疑問とかとは一切無縁の〜!!いつもニコニコ!ハッピーオーラで瞳孔開いた口角上げ上げテンプレスマイル!恨まなーい憎まなーい羨まなーい!の陽キャラ三拍子!常におだやか温厚草食平和主義!前向きポジティブ!キラキラ女子☆とか!!もう、やってらんねぇんだよ!いいだろうが!ブツブツ文句言うくらい!!」    そんなわけで。  私、壽賀子(すがこ)。  そこまで悪さもしてないのに、囚人として異世界に転移されてしまった元OL。  受刑者になったからには懲役、罪を償うための刑務作業に勤しまなければならない。  刑務作業!  それが、なんと、この聖者様の苦行旅のお供!  っていう……。  あーあー、まじ嫌だー!!   つづく!  ━━━━━━━━━━
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