彼氏が風邪を引きまして。

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 電子体温計の甲高い音が鳴った。自分の寝巻の襟に手を入れて抜き取った体温計の指し示す温度は37.9。 「あの妙な熱っぽさと震え、どうも変だと思ったのよね……」  あのあと興奮のためか発熱のためか、はたまた食事と薬の効能か。オサムもまたおおよそ前後不覚の意識状態で、フミは猛烈に気まずい気持ちを押し殺しながら片付けを済ませると残してきた食料や薬の内容を書置きしてが起きないうちに早々に退散してきたのだった。  そして翌朝にはこの有り様だ。親に体調とともに今日は学校を休むので連絡を入れて欲しいと伝えて再び目を閉じたところでぴろりんとメッセージ着信の音が鳴った。発信者はオサム。 【昨日はありがとな。なんか汗を拭いて貰ってるうちに寝ちまったみたいですまねえ】 【言ったでしょう。アンタは私に非日常の経験を提供しただけなんだから恩に着る必要なんて全然ないのよ。まあ、気にしてるなら薬代くらいは払ってくれてもいいけどね】  フミは実家住まいなので普段自分で薬を買ったりしないのだが、高校生の小遣いで買うには存外バカにならない値段だったのでデート予算から思っていたより出費してしまったのだ。  そのメッセージに対して指で丸マークを作っている犬のスタンプが返って来る。その辺りはひとり暮らしもそこそこ慣れてきたオサムのほうが理解しているようだ。  もし、実は風邪が感染(うつ)ったと伝えたら、今度は彼がお見舞いに来るのだろうか。  食事を作り、して食べさせ、部屋を片付け、そして……そして、濡れタオルで寝汗を……。  いつの()にかまた呼吸が乱れ肢体の芯をと不慣れな感覚が駆け抜ける。 「っ……」  ひとつ身震いしてフミはこの妄想を弄ぶのを止めた。  彼氏が冗談ではなく実在するらしいとは家族も知っているが、とはいえ実家住まいなのだから見舞いに来たところでそこまで自由に振る舞えるはずもない。  それでも。  動悸の昂りは風邪のせいだろうか。それとも……。  考えるのを止めて両目を閉じる。  消耗著しい意識はすぐに。  眠りへと落ちていく。 「もうアイツの部屋に行くのは止めよう」  少なくとも、自分で決めた高校卒業までは。
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