彼氏が風邪を引きまして。

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 オサムがすごすごと寝巻の上着を脱いでいる(あいだ)に勝手にユニットバスにあった洗面器にぬるま湯を入れたフミが戻ってきた。 「もうちょっとベッドの下の方に寄ってくれる?」 「お、おお?」  言われるままに足元のほうへと移動すると、空いたそのスペースにフミが上がり込む。 「おおお!?」 「うるさい」 「おお……」  もはやなにが起きているのかもよくわからないが、とにかくお堅い彼女が半裸の自分と同じベッドにのっているという異常事態にオサムは発熱以上に混乱していた。 「アンタはなにもしなくていいから」  フミが耳元で囁いてぬるま湯に濡れたタオルで背中を拭き始める。そのぎこちない動きは彼女もまた強い緊張に晒されていると彼に察せさせるに十分なものだ。  けれども言い出したら聞かないところもある彼女の性分と、なにより疲労困憊している彼自身がそこに言及することを諦めさせていた。ちらりと横目に様子を伺うと、フミのほうが発熱しているのではないかと思うほど耳まで真っ赤に染まっている。 「これは看病なんだから、変な気は起こさないでね」 「わかってるよ」  絞り出すようなその声に掠れ気味の声で返す。誰に後ろめたいことはなくとも、ないように、暗示のように囁き合う。  消防士を目指しているという彼の身体は背中だけを見てもわかるほどに鍛え上げられ引き締まっていた。無駄な皮下脂肪のほとんどない硬い肉体を磨くように汗を拭きとっていく。  たったそれだけのことなのに、気付けばふたりの息は緊張とも興奮ともしれない感情で乱れつつあった。  特に普段は度を越してクールで辛辣ですらあるフミのくちびるから漏れる上ずり気味の吐息を耳元で聞かされ続けているオサムの鼓動は室内に響いているのではないかと心配になるほどだ。 「腕あげて」  言われるままに両腕を頭上へ向けると、無防備になった脇腹を拭うために彼女が手を伸ばした。 「ちょ、ま」  しかしさすがにひとに拭いてもらうにはくすぐったかった。反射的に身悶えしてしまいバランスを崩す。 「おわっ」 「きゃっ」  危うくベッドへ肘を着いて全体重をかけるのは避けたものの、後頭部に柔らかな感触。オサムはおなじように背後で姿勢を崩していたフミの両膝の(あいだ)へ収まるように仰向けにのしかかる姿勢になっていた。つまり後頭部に当たっているのは彼女の豊か過ぎる膨らみだ。 「わ、悪い……っ」  咄嗟に起き上がろうとした彼の身体を、けれども彼女の手がそっと抱いて押し止めた。 「いいわよ、このまま拭くから」 「いやでもな」 「いいから!」  火を噴きそうなほど真っ赤に染まったフミとオサムの視線が交錯する。 「いいから、じっとしててちょうだい」 「わかった……」  今やふたりはどちらの体調が悪いのだかわからないほどにお互い浅い息を荒げながら、なけなしの理性だけがお互いの信頼を担保しあっていた。  頭を支える膨らみだけではない、背中から腰にかけても、脇腹には両ももまで彼を支えるように密着した状態で細い手に握られた濡れタオルが這うように彼の胸元から腹部を撫で回している。  そして着衣越しとはいえその全てを無防備に密着させた彼女もまた、自分の手のなかで生々しく彼を感じている。  顔が、肢体が、燃えるように熱い。  それでいて、彼が身じろぎするたびに肌が粟立ち背筋に冷たい電流が迸る。  息が、乱れる。 『お互いが高校を卒業するまでははシない』  これはフミからオサムに突き付けた約束事だったが、彼女だって年頃だ。彼に触れたくないなどと言ったこともなければもちろん思ったこともない。むしろ日頃から強烈に節制しているからこそ今、不意に生まれた綻びに苛まれてしまっている。  こんなこと、ダメなのに……。  千々に乱れる意識。切羽詰まる吐息。 「……っ!」  その昂りは容易く最高潮に達し、彼女は彼をひと際強く抱きしめ大きく身震いしてから意識を手放した。
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