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1話 普通の異世界転生がしたい
『ったくどいつもこいつも!チートをよこせだのハーレムをさせろだの悪役令嬢にしろだの溺愛させろだの!その気があるんやったらちゃんと完結させろや!!』
……天界へ還ってきて最初に聞いたのは、大変お怒りの女神様の罵声だった。
「おーい女神様ー、ただいまー」
プンスカ極まる女神様に、"俺"はいつものように帰還の挨拶をする。
『あぁん?なんだテメー、テメーもトラックに吹っ飛ばされて死んだか?ったく、世の中コンスタントに人が死に過ぎだっつーの……ハイハイ、ご希望の転生先と特典を教えてどーぞ?』
やさぐれきってんなぁ、女神様。
まぁた異世界転生チートハーレム無双悪役令嬢追放溺愛ざまぁもう遅い飯テロスローライフをご希望になられた転生者でも出てきたか?
「女神様、俺ですよ、俺。八十年前に『やはりどう考えても俺の異世界転生が間違っているのはお前らのせいに違いない。〜転生したら悪役令嬢でギロチン首チョンパの一秒前に死に戻りを繰り返してるんだけどさっさとループ脱却して飯テロスローライフがしたいのに、隣国の王子が溺愛しようとしてくるのでそれどころじゃありません〜』に異世界転生して、レズハーレムエンディングクリアしてきた、オリ主の『レナ・ヤトガミ』ですよ」
『はぁ?なんじゃいその頭の悪いなろう系タイトルは……あっ(察し)、ゲフンゲフン……お帰りなさい、今回もまたありがとうございました』
途端、THE・女神様な微笑みの添えで後光をキラキラ光らせる女神様。
まぁ今更驚きもツッコミもすまいて。
487222760年も女神様のために異世界転生を繰り返してきたのだから、そりゃ慣れもするわ。
「とりあえず、今回も無事に"完結"させて、特典ポイントを回収してきました」
"俺"は掌を女神様にかざし、いくつかの光の玉を顕現させると、それを女神様へと返還する。
――既に皆さんはご存知だから、敢えて説明する必要も無いだろうけど、"新規"の方のために一応は説明しておこう。
"俺"は、普通の転生者じゃない。
女神様からの命令を受け、いつまでも完結せずにほったからしにな――有体に言うと、エタ――っている世界へと異世界転生し、物語を人為的に"完結"させることによって、その転生者に与えられた転生特典のポイントを回収する……というのが、"俺"の役目だ。
人の数だけ異世界がある――というのは誰が言ったか。
いや、ほんとに。
完結させずにエタらせている作品、どんだけあるんだってくらい、異世界転生してきたからなぁ。
剣と魔法のファンタジー世界で魔王をぶっ飛ばして最強の勇者になったり、御伽噺の存在だと思われていた幻の邪龍を滅殺して無双の冒険者になったり、ゾンビや生体兵器が跳梁跋扈する中でマシンガンとナイフ片手に世界救ったり、神と悪魔の終末戦争に人間として介入して力尽くで戦いを終わらせたり、アタマお花畑な少女漫画でキラキラした学園生活したり、スーパーなロボットに乗ってロケットパンチしたり、ウホッ♂もしくはアッー♂なガチムチ♂のケツを掘っ♂たり掘られ♂たり、転生したらスライムになってたり、破滅フラグだらけの悪役令嬢になったり、偽聖女として追放されたら追放先で才能開花してイケメン王子に溺愛されまくって追放したボンクラ公爵にざまぁ・もう遅いしたり、義妹に婚約者逆NTRれてざまぁされたので徹底的に濡れ衣おっ被せまくって逆ざまぁしたり、城壁のその彼方獲物を屠るイェーガーになったり、俺のこの掌が真っ赤に燃えて勝利を掴めと轟き叫んだり(以下、三万文字ほど割愛)
……とまぁ、色々とやってきたわけだ。
『チッ、ダラダラと五年近くも連載しておきながら中途半端なところでエタりやがって。大体、途中から元ネタアニメの展開モロパクリじゃねぇか。身の程ひとつも知らんくせに他人の作品に誹謗中傷かますなよカスが……ゲフンゲフン、いつもありがとうございます』
ぶつくさ言いながらも転生特典のポイントの返還を確認すると、ぺこりと頭を下げてくる女神様。
「よしてくれよ、そんな簡単に女神様が人間にホイホイ頭下げていいもんじゃないだろうに」
『あなたは特別ですから問題ありません』
特別、ねぇ……原初の"俺"はそもそも、分類こそ人間ではあるけど、母胎から産まれてきたわけじゃないからなぁ。
転生先で赤ちゃんからスタートした場合なら、母胎から産まれてきたことになるんだろうけど。
けれど、"俺"が繰り返してきた異世界転生はあくまでも、『誰かが創造した世界』で『誰かの代わりを受け持っていた』に過ぎないので、『自分の人生』とは少し違う。
それに、最後に転生した時空で、ヨボヨボのばーさんになってのんびり余生を過ごしていた時に少しだけ考えていたことがある。
"俺"は女神様の"遣い"であって、本来は自由なんて無いものだとは思っているが……四億年も頑張ったんだし、一回くらいいいよね?
よし、挙手。
「はい女神様、一生に一度の……いや、もう何百万回も"一生"を過ごしてたか。まぁちょっとお願いがあるんですけど」
『なんでしょうか?』
「俺に、普通の異世界転生をさせてくれませんか?」
『普通の異世界転生って、また斬新なパワーワードですね……つまり、物語の完結や転生特典の回収、ベストエンディング狙いと言った目的の無い、自由な異世界転生がしたいと?』
「そうですそうです。確かにまぁ、目的に関すること以外は好きにやってましたけど」
つまり、これまでの異世界転生と比べても、女神様からのミッションが無い以外は、ほとんど何も変わらないわけだ。
「どこか、転生者がいても問題ないような世界の、適当な場所にでも放り出してくれれば、あとは勝手にやるんで」
『ふむ、分かりました』
おっ、意外とすんなり了承してくれたな。
『あなたももう永い間、天界のために力を尽くして来たのですし、しばしの休暇だと思えば』
「悪いな、女神様」
これは休暇。
そう思えば、お願いと言うほどのことでもないな。
『では今回は、どうキャラメイキングされますか?』
「とりあえず男にして、十代半ばの無難な見た目で。あんまりイケメン過ぎると、やっかみとかいらんことに巻き込まれますし」
逆にガチムチ過ぎると"ソッチ"の気がある奴に性的な目で見られる恐れもあるしな。
「魔力はまぁ、無いよりはあるに越したことはないか」
『分かりました。では……』
女神様はそっと"俺"に掌をかざし、眩い光が俺を包む。
『あなたに、神のご加護がありますように』
「はいよ」
いつもと変わらぬ異世界転生。
だが、今回の"俺"は自由だ。
そうして、"俺"は天界から飛び立った。
さぁ、のんびりじっくりと休暇を楽しむぞー。
………………
…………
……
「ねぇ、生きてる?……ねぇってば、生きてる?」
遠くなっていた意識が浮上し始める。
そよ風が頬を撫で、誰かの声が聞――
「くわっぱっ!!」
「ふわぁっ」
目をかっ開いて目覚めてみれば。
俺の声に驚いたのか、尻餅をついた少女が一人。
紅色のショートボブに、オレンジ色の瞳、かわいい系の顔立ち、スタイルはまぁ普通くらいか、身長はおよそ155〜160cmくらい、年齢は多分十五か十六辺り。
ファンタジーっぽい旅人の服に、剣や盾と言った武装をしている辺り、冒険者かな?
瞬時に情報整理を終えた俺を少し訝しみつつも、少女は顔を覗き込んでくる。
「……急に起きないでよ、びっくりしちゃった」
「あー、すまん」
すまんついでに声帯チェック。
高くも低くもない、十代半ばの少年くらいの声色だな。
「気が付いたら知らないところにいるんだが……ここはどこの国のどこなんだ?」
むくりと起き上がって、周囲に見える光景は、青空の下に緑豊かな平原街道。あ、近くに川も流れてるな。
「え?『マイセン王国』の、『エコールの町』の近くだけど」
マイセン王国、エコールの町。なるほど分からん。
「ふむ……君、見た感じ冒険者かな?ついでに悪いんだが、その町まで案内してもらえないだろうか?」
「冒険者っていうか……んー、一応、『勇者』なのかな」
勇者なのか。しかし、一応ってどういうことだ?
いつかに転生した世界でも、『勇者学校』なる学園があったから、この世界は勇者の存在が普通にいるのかもしれない。
「あ、私は『エリン』。あなたは?」
エリンだな、覚えておこう。かわいいし。
で、肝心の俺の名前か。
うーん、自分の名前って、これまでの異世界転生で聞き知った名前を適当に名乗らせてもらっていたからなぁ。
ヒビキ……セツ……アキラ……ツルギ……ハバキリ……リョウマ……アスノ……
よし、決めた。
「俺は『アヤト』だ」
綾人って書いてアヤトな。
さて、互いの自己紹介も済んだところでそろそろ立ち上がるとしよう。
立ち上がってみて……ふむ、俺とエリンの身長差は大体15cmくらい。
俺自身は170cmくらいの身長だな。
「ところでエリン、この辺りって魔物は出るのか?」
「うん、歩いてたら普通に出てくるね」
なるほどなるほど。
「それじゃぁ、ちょっと借りるな」
スッ、とエリンが認識するよりも先に、手癖悪く腰の鞘から剣を抜き取る。ふむ、刃渡りからしてショートソードだな。
「え?……あっ」
するとエリンも気付いたらしい。
魔物が群れを成して近付いて来ていたことに。もちろん、俺に剣を抜き取られたことにも。
見た感じ、低級のゴブリンだな。数は五体。
ギャーギャー喚きながら得意げに棍棒を見せつけて威嚇してくる。
うん、数的有利だもんな。調子づくのも分かるよ。
でもまぁちょうどいいし、ちょっと"リハビリ"に付き合ってもらおうか。
「ちょっ……それ、返して!」
「大丈夫、すぐ返すから。エリンはそこで見ててくれ」
くるくるとショートソードを手のひらで遊ばせてから握り直して。
縮地――無影脚で距離を詰めて、居合斬りのごとく逆袈裟一閃。
ゴブリンからすれば、俺が瞬間移動したように見えただろうな。
居合斬りの軸足の重心を滑らせ、回転しつつ二閃、三閃。熱したナイフをバターに当てるがごとく骨肉を斬り、臓腑を裂き、首を刎ねる。
ここでようやく俺に仲間が斬られていることに気付いたらしい残り二体のゴブリンだが、――いや、君らちょっと油断し過ぎじゃない?エリンがかわいいからって、捕まえてアンなことやコンなことをしようと考えるのに夢中で、俺という脅威を認識してないな?
ゴブリン二体は、棍棒で俺を殴ろうとドタドタ駆け寄って来るが、隙だらけすぎるので擦れ違い様に四閃、五閃。
はい、あっという間に死屍累々。ゴブリンは黒ずんで消滅していくと、数枚の硬貨らしいコインをチャリンと残した。
――なるほど、魔物を倒すとお金や道具をドロップしていくタイプの異世界みたいだな。
しかし七秒か。
リハビリ程度に動いたつもりだったんだが……まぁ、転生したての身体にしては悪くないな。こいつらがノロマ過ぎて話にならなかっただけかもしれんけど、全盛期の俺なら、向こうがこっちを捕捉する前に気配すら感じさせずに瞬殺してるところだよ。
ショートソードの刀身に付いた血を軽く振り払って、エリンに向き直ると、
「すご……」
惚けたように俺のことを見ていた。
「そんなに凄いか?」
今の、前世の全盛期の全開時の一割未満なんだが。
「いや、今の何?瞬間移動したみたいに見えたんだけど」
「ん?縮地で距離を無くしただけだが?」
「しゅ、しゅくち?距離を無くしたって、え、どゆこと……?」
目を丸くしながら頭にクエスチョンマークを浮かべまくっているエリン。
……この様子だと、剣は良い物なんだけど、彼女ははまだまだかけだしの勇者かもしれないな。
「まぁまぁそれはいいだろう。町に案内してもらえるかな」
「あ、うん」
ショートソードをエリンに返し、ゴブリン達が残した硬貨を拾ってから、すぐそこに見えているエコールの町とやらに連れて行ってもらう。
さてさて通算……何回目かはもう忘れたけど、休暇と称した此度の異世界転生は、どうなることやら。
徒歩十五分程度の距離なんだから別に案内とかいらなくね?とは思うけど、俺はこの世界に対する常識や知識、見識が無い。
多少は剣の腕が達者な変わり者、ぐらいで許されるならまだいいが、いつかの異世界では、常識の範疇だと思っていたら知らない間に犯罪まがいなことをやらかして騎士団に捕まった、なんてこともあった。
だから、何も知らない今は些細なことでも重要だ。
「そう言えば、まだお礼言ってなかったよね。さっきは私の代わりに戦ってくれて、ありがとう。……アヤトさん、でいいのかな?」
町の外門近くまで来ると、エリンが礼を言ってきた。
「アヤトでいいよ。剣は勝手に使わせてもらったけどな」
「うぅん。私一人だったらきっと、ゴブリンに囲まれてそのまま殺されたかもしれないし」
というか……俺からすると、エリンが起こしてくれなかったらゴブリンに囲まれた状態からスタートするとかいう、ハードモードになるところだったんだよな。
門番さんは俺とエリンの姿を見ても特に訝しむこともなく、スルーしてくれる。
「それに、なんだかやけに戦い慣れてる感じだったし……もしかして、本当に御告の通りなのかも?」
「御告?」
「うん。昨日にお祈りして、あと御告も聴いてみたら、「明日、あなたにとって運命の人が現れるでしょう」って」
「そのエリンにとっての"運命の人"が、俺?……ちょっと都合良過ぎないか?」
女神様……休暇与えてくれるんじゃなかったのかよ、思いっきりストーリーに干渉しまくってるじゃないか。
「でも強いし、強いからって偉ぶったりしないし、なんだか優しそうだし」
「御告がそういったからって、必ずしもその通りになるとは限らないと思うけどなぁ」
俺じゃなくて別の誰かのことかもしれないし、そもそもその御告が的はずれなことだってある。
この世界の宗教はどうだか知らないが、エリンは信仰深い家庭で産まれたのかもしれないな。
「……まぁ、運命の人かどうかはともかく。ともかくは、冒険者ギルドの出張機関に案内してもらえると助かる」
俺が本当に彼女の"運命の人"なのかどうかは定かじゃないが、とりあえずは冒険者としての資格を得ないことには二進も三進もいかないし、食い扶持だって稼げない。
しかし、
「冒険者ギルド?この町に、そんな場所無いよ?」
俺が何を言ったのか理解出来ていないのか、エリンは小首を傾げてそう言ってきた。
「ゑ?」
マジか。
思わずイントネーションがズレちまった。
冒険者ギルドが存在しないって、この世界で魔物が増え過ぎたりしたら、誰が間引きするんだ?
勇者という存在、魔物を倒すとお金を落とす、教会でお祈りと御告、冒険者ギルドの存在しない町……
よし落ち着け、まずはエリンに確認してみよう。
「ちょっと待てよ、エリンは勇者なんだよな?」
「うん?一応?」
だからなんでそんな自信無さげなんだよ。
「まさかとは思うが……王様からの命を受けて、魔王討伐の旅に出てたりしないよな?」
「うん、その通りだけど……なんでアヤトさ、じゃないや、アヤトが知ってるの?」
マジか(二回目)。
あー……なんとなく分かったわコレ。
どうやらこの異世界、かなり古いタイプのファンタジーのようだ。
なるほど、それなら冒険者の職業が存在していない理由も分かる。
町民や王族から依頼を受けて代行する専門職、という概念すら無いのだろう。
いや、似たような職業ならあるかもしれないが、少なくとも俺が想像しているようなものではあるまい。
女神様……なんつー古臭い世界に異世界転生させてんですか。
と言うか、この国の王様も王様だ、こんな年端も行かない華奢な女の子になに世界の命運託してんだ、頭の悪いRPGかよ!……頭の悪いRPGみたいな世界だったわココ。
「……まぁ、日頃から色んなことを知ろうと努力してるつもりだから」
いや、色んなことを知っていることに変わりはないんだけども、とりあえずそんな言葉でお茶を濁す。
「ふーん?まぁいっか」
エリンもそれ以上問い質すことなく頷く。
「しかし、冒険者ギルドが無いとなると、どうするかな」
腕っ節があればとりあえず食うには困らない、冒険者という職業が無い世界だ。
別に冒険者に拘らずとも、薬師でも調理師でも鍛冶師でも、技能職なら大体マスターしてるから、どうとでもなるんだけど、過去の異世界転生でも冒険者の職業が一番分かりやすくて手っ取り早く稼げる職業だった。
すると、俺が路頭に迷っているのかと思ったのか。
「あのさ、アヤト」
「ん?」
「アヤトが良ければでいいんだけど、私の仲間になってくれないかな?」
お、ご都合主義キタコレ。
「仲間?俺を?」
でもここは一旦話を合わせておく。あんまりがっつくと引かれそうだし、紳士的に行くぜ。
「うん。どのみち、私一人じゃここから先に進むのに時間掛かっちゃうと思うし……お願いします」
ぺこりと頭を下げられてしまった。
美少女に頭下げられてまで頼まれたら、男としては断るわけにはいかないな。
決して「美少女と旅立ちとかハーレムエンドへの第一歩だヒャッハー」なんて思ってないからな。ついで言うとモヒカン頭で肩にスパイクアーマー着けてひでぶったりもしてないぞ。
「まぁ、剣の腕には多少覚えはあるから、戦力の足しぐらいにはなると思うが」
ひのきの棒一本で、なおかつソロで大魔王討伐しろとかいう縛りプレイ転生もしっかり履修済みだ、問題ない。
「えっと、じゃぁ?」
エリンが期待を込めた眼差しで顔を上げてきたので、そっと右手を差し出す。
「これからよろしくな、エリン」
「うんっ。よろしくね、アヤト」
エリン が仲間になった!
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