第二章 野辺の花

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第二章 野辺の花

「堀田少尉」 「はい」  軍の司令室に呼ばれた武は、上官に敬礼をしたまま話を聞いていた。上官は机に座ったまま指を組んだ。 「敬礼はいい……君は福島の名士の堀田家の息子だ。それを信用してこれから極秘任務を命じる」 「はい」 「実家の隣町の二本松には旧藩があっただろう。そこには丹羽という当主がいる。この当主はこれから選挙に出るのだが……」  上官は言葉を選んだ。 「問題発言が多い男でな。一部の反政府組織から犯行声明が来た。地元警察が屋敷を警備していたが、家族が狙われた……」  上官は立ち上がった。 「嫁入り前の娘さんが誘拐されたが、身代金を出したので無傷で戻ってきた。しかし、軍の上層部からこのようなことが二度とないように、選挙が終わるまで家族を警備するように命令が出た」  上官は部屋を歩き出した。 「この丹羽には、本妻以外に愛人の子供がいる。ほとんどが成人していて家庭を持っているのだが、最年少の娘は、この娘だ」 「失礼します……これは」  上官が差し出した資料にはよく知っている娘の写真が貼ってあった。 「この娘は、うちの使用人の露子です!」 「『野坂露子』……その娘は丹羽の隠し子だ。飯坂温泉の芸者の娘だ」 「露子が?」 「そうだ。本人は知らないようだが」 「…………」  考え込んでいる武に、上官は足を止めた。 「君の屋敷のことも調べさせてもらった。父上は亡くなり、その娘は解雇されて現在、飯坂温泉に戻っているようだな」 「はい……そうです」  ……今の仕事が終われば迎えに行くつもりだったのに。  歯痒い思いの武は拳を握った。上官はそれを見ていた。 「堀田。君には潜入捜査の名目で温泉に行ってもらう。それなら娘も君に心を許すであろう」 「ですが。本人は丹羽の娘だとは知らないのでは」 「秘密厳守でやれ! とにかく。娘を守るのが第一だ。誘拐されるのは二度とあってはならない」 「はい」 「……以上だが、質問はないか」  武はふうと息を吐いた。 「この任務が終わったら、休暇をいただけますか」 「休暇か」 「はい。自分は忌引以外、休みなく任務が続いております」 「そうだったな。すまない。君はなんでも任務をこなすのでつい」  上官は武を見上げた。 「わかった。休暇を与えよう。君はとにかく娘を守れ」 「はい!」  部屋を出た武は足早に廊下を歩いていた。そこには仲間がいた。 「どうだった? 堀田。また遠征か」 「まあな」 「お前は出来過ぎだから頼りにされるんだよ……って、なんだよ。どうしたんだ」 「ふふふ」 「え」  ……これで、露子に会える。  にやけている武に仲間は一瞬、引いてしまった。 「堀田? 大丈夫か」 「いいんだ! さて。今の任務はお前に引き継ぐか……行くぞ」 「え? 俺?って無理無理。お前の任務って、面倒なのばっかりじゃないか」 「飯を奢るから。さあ。行こう!」 「えええ」  ……露子。今、行くぞ。  暗かった心は吹き飛び、武は笑顔を見せていた。夏の日差しは武に眩しく降り注いでいた。
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