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遠雷が聞こえてきた。
大きく育った入道雲がやがて夕立をつれてくる。
開け放した部屋の縁側から見えるのは一面の田んぼ。
青々と育った稲が湿った風に波立っている。
遠くに鎮守の森とひまわり畑――。
僕の部屋から見える田舎の風景は、子供のころから変わらない。
ずっと見慣れた風景のはずなのに、ひとつだけ無くなってしまったものがある。
千穂。
幼なじみの笑顔だ。
中学生になった今でも、夏の終わりが近づくと彼女のことを思い出す。
――8月13日。
夕立が来た。
田んぼが雨に煙っていたけれどやがて雨は止んだ。
やがて空は夕焼け色に染まり、カナカナと物悲しげなヒグラシが鳴き始めた。
ぼぅ、と庭先に小さな炎が見えた。
松脂の焦げた臭いが漂ってくる。
「迎え火……か」
祖母が玄関先で松の小枝を燃やしている。死者の魂が迷わず家に帰って来れるように、という灯台のようなものらしい。
夕暮れ色に染まった風景を横目に、夕食前のひと時。僕は夏休みの宿題の残りを仕上げようと机に向かっていた。本当はもう少し早く終わらせることもできたのだけど、いつもこうなってしまうのだ。
うんざりする程の暑さは夕立のおかげですこし和らいだ。
田んぼを渡ってきた風がすこし心地よい。
リン……と軒下の風鈴が鳴った。
網戸越しに見えていた迎え火が揺らめいた。
不意に、僕の部屋の網戸に白い指先が滑り込んできた。
ぎょっとしていると、すすす……と網戸が開いてゆく。
「……葉月くーん」
少女の声が僕の名を呼んだ。
僕はあきれ顔で窓から現れた顔を眺める。
「千穂か」
「えへへ、正解」
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