僕の夏休みの終わりに

3/3
前へ
/3ページ
次へ
 宿題の丸写しに夢中な千穂の横顔をそっと眺める。  小学生の頃と変わらない、あどけなくて生意気な千穂。  いつも元気で、いつも僕を振り回していた幼なじみの女の子。 「夏休みが嬉しくてさ、つい油断してたら……不思議なことに! もうお盆直前!? 宿題ぜんぜんやってなかったの。うーん、不思議よね」  小首をかしげ、指先を唇の下にあて眉根を寄せた。 「千穂……相変わらずだよおまえは」 「いやぁ、それほどでも?」 「褒めてねぇよ」  気が付くと宿題の写しは数ページも残っていない。  別に急がなくてもいいのに、と思う。 「来年の夏休みはちゃんとやれよ」 「なによ葉月、お兄ちゃんみたいなこと言って。同い年のくせに」  僕は何も言えなかった。  もう僕のほうがずっと大きいんだよ、千穂。 「ずっと夏休みならいいのになー!」  飽きたのか両足を投げ出して伸びをする。麦茶でも出すべきだろうか。  でも一時たりともこの場を離れたくなかった。 「夏休みが長いと、宿題の量も増えるぞ」 「え? それも嫌だぁ!」  まるで駄々っ子だ。  気がつくと宿題の写しは終わっていた。  千穂は、僕が読めない字で書きしたノートを閉じる。 「また宿題うつさせてね、葉月!」 「あぁ……いいよ」  僕は千穂に微笑みかけた。  でも気が付くと、涙が零れていた。  お盆がすぎれば、夏の終わりが来る。  千穂……。   「ありがと、またね!」  千穂の口元が柔らかく弧を描くと、姿が消えた。  目の前から、最初からそこに居なかったかのように。  使い古したチビえんぴつがちゃぶ台から転がり落ちる。  ――8月13日  今日は千穂の命日だ。 <了>
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加