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今夜、死のうと思った。
ずっと、死にたいと思っていた。
私には、何もなかった。
愛する家族もなく
仕事は、辛いことばかりだった。
好きな人もいなかった。
今日、仕事で、些細なミスをした。
誰でもするようなミスだった。
しかし、上司に酷く叱責された。
上司に、何か、人に当たるような嫌なことがあったのだろう。
でも、私には、もう、限界だった。
何もかも嫌になった。
誰も、私のことなんか、どうでもいいのだ。
そう思いながら、雨の中を、傘もささずに歩いていた。
すると、傘を差した一人の青年が、近づいてきた。
「あの……。傘をもう一本持っているんです。どうぞ、使って下さい」
そう言って、青年は、ずぶ濡れの私に、傘を差し出した。
「え……」
私は、涙が出た。
「ど、どうされたんですか?」
青年は、驚いた。
私は、泣き笑いで、答えた。
「いいえ……。何でもないんです。ありがとうございます……本当にありがとうございます」
たったそれだけのことだったのに、私は、死ぬことを止めた。
これからも、幾度となく死にたくなることがあるだろう。
しかし、こんなふうに、思いもしないあたたかさに触れることが起きるのだ。
それが、人生だ。
生きてさえいれば、何度でも、やり直せる。
了
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