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そんな二人がちょっと個人的に話しをした数少ない機会は、コンビニ脇の土手が花見のシーズンの事だった。
ぽっかり空いた客のいない店内から満開の桜をぼんやり眺めていた時に、ぽつりと後輩が言う。
「死ぬなら高校を過ごしたA市の桜の下がいいと思ってるんですよ」
A市内の土手も桜の名所であった。
「私はB市の川沿いの桜だな」
ふと昔失意のどん底で訪れた時に抱いた感情のまま、間取もそう口にしていた。
「先輩もですか」
「そうだね」
終わるなら、そこがいいと思える場所がある。
お客の対応が入ったので、そのままそれで会話は終わりその後その話をした事はない。
その後輩は、医学部に進みながらプロのドラマーとしての顔も持っているマルチな青年でもあった。
彼のポケットには、いつも使い古されたドラムスティックが覗いていた。
バイトでも手が空くと、必ず雑誌を叩いて練習する姿を見た。
そう言えば、一度チケットをもらったので彼のライブを聴きにいった事がある。
彼の正確かつ凄くサイケデリックで強烈なバスドラの音とリズムに酔って、それにちょっと年配女性の睨みつけるような視線が痛かったのでそれ以来二度と行っていない。
そんな希薄な関係が卒業してからも、なぜかずっと途切れなく続いていった。
当たり前のように。
「先輩、明日の当直お願いできませんか?」
「いいよ」
変わらず電話は同じように来て、同じように切れた。
間取から掛けた事は、一度もない。
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