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普段後輩とは、口をきくことは殆どなかった。
それでも仕事先で時々顔を合わせた際に声が全く出ていない時があったり、腕に愛する人の名前や誓いの文言の入れ墨もどきの傷が日に日に増えて行くのを目にした。
そんな有様なので自殺未遂を繰り返している事も、人の噂を耳にしたりで薄々承知していた。
彼は大学入学とともに学生結婚したが共に暮らす事なく別居して、その後母親以上に年の離れた女性と同棲をしていた事は後になって知った。
「先輩とは、何の関係もないですよね」
ある日いつものように前触れなく、しかし唐突な電話がかかってきた。
「ないね」
間取が答えると、突然後輩の横で会話を聞いていた彼女の叫び声が彼の穏やかな声をかき消した。
「突然すみません」
そう言って電話が切れた。
その数日後、後輩から改めて謝りの電話が来た。
間取との仲を疑って、彼女が自殺未遂を繰り返すようになったとだけ語られた。
間取のところには、彼女から"殺す"と書いた手紙がすでに何通も届いていたが後輩に伝えた事はない。
「迷惑かけてすみません」
「迷惑じゃないよ」
間取がいつものように答えると、後輩が電話の向こうで沈黙した。
「もう先輩には連絡できなくなりました。迷惑かけてすみません…」
「わかった」
用事は終わったのに、その日電話は切られなかった。
「俺が50歳になったら、付き合ってくれませんか?」
「いいよ」
それが最後の会話となった。
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