夏の終わりに君らは去った

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 真夜中。暗闇の中、蚊取り線香に匂いが鼻につく。右隣にはタケルが寝息を立てて、その向こうでタケシ兄ちゃんが寝息を立てている。楽しい田舎のはずなのに今年は少しだけ不安がある。もしかしたらタケシ兄ちゃんと遊べるのは今年が最後かもという不安。就職するといってもどこに就職するのか、何をやるのか、何も分からないとみんなは言う。兄弟のいない僕にとってタケシ兄ちゃんは本当のお兄ちゃんみたいに感じる。感じていても結局は違うし、僕はまだ子供だ。タケシ兄ちゃんの選択に口出しできる立場じゃない。来年はタケシ兄ちゃんはここにいない可能性もある。それを考えると不安でたまらなくなる。本人に聞けば一番いいのだろうけど、せっかくの楽しい時間に水を差したくない。僕が帰るまでにはタケシ兄ちゃんから話はある気がするが、それもただの期待だ。  深呼吸をして目を閉じる。やっぱり蚊取り線香の匂いが鼻につく。体の右隣が熱くなる。タケルが僕側に寄ってきたのだろう。タケルに背を向けて、もう一度深呼吸。寝なきゃ。せっかくの田舎の時間を寝坊で取り残したくない。耳に蛙の鳴き声が届く。  気がつくと朝だった。 「目、赤いぞ。眠れなかったのか?」  タケシ兄ちゃんはとっくに着替えてて僕の横で読書をしていた。タケルはタケシ兄ちゃんの横で大人しくしている。真夏なのによく暑くないなと感心してしまう。 「寝てたよ。ちゃんと寝てたよ」  つい意地を張る。 「ふうん。朝ごはん食べなよ。準備してあるからさ。食べながら今日は何するか決めなよ」  言われて僕は居間にいく。僕の分の朝ごはんが長いテーブルの上に乗っている。みんなは畑仕事に行ったか、買い物に出かけたかだろう。ここは山の中。買い出しにも時間がかかる。  炊飯器からお茶碗にご飯をよそって、冷蔵庫の中の麦茶を取り出して一人の朝食をはじめる。ほうれん草のおひたしとかだし巻き卵とか冷えてても気にならないおかずばかり。    もそもそと食べながらタケシ兄ちゃんのことを考えて、僕は悪いことを思いつく。僕がタケシ兄ちゃんを困らせれば心配して、来年も会ってくれるはずだ。教えてくれないタケシ兄ちゃんが悪いんだ。涼しい顔したままのタケシ兄ちゃんが悪いんだ。
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