夏の終わりに君らは去った

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 川辺に辿り着き、タケシ兄ちゃんは僕の寝かせたまま横で大きく息を吐いた。 「……泳げちまったよ……」  タケルは僕の頬をずっと舐めている。涙が出てきた。タケシ兄ちゃんは泳げなかった。僕を救うために今泳いだ。下手したら二人とも流された可能性もあるのに。 「平気か?」  タケシ兄ちゃんは優しい顔で僕の顔を覗き込む。 「なんで……なんでなんだよ! タケシ兄ちゃんはなんでそんなに優しいんだよ!」  声をあげて泣いた。タケシ兄ちゃんは僕が泣き止むまで、ただ黙って側にいてくれた。僕の感情はぐちゃぐちゃだ。優しくされたら、来年タケシ兄ちゃんのいない帰省なんて耐えられない。気が済むまで泣いた。 「あのさタケシ兄ちゃん……」  僕は身体を起こしてタケルの頭を撫でる。タケルを撫でてやるなんてはじめてだ。 「タケシ兄ちゃんはどこに就職するの? 来年もここにいるの?」  もう素直に聞こう。そう決めた。 「それが原因か?」  タケシ兄ちゃんの言わんとすることはすぐに分かる。わざと困らせようとしたことだ。僕は頷いて見せる。 「教えて欲しかったんだ。誰も教えてくれない。悔しかったんだ……」 「悪かったな。最後の日に言うつもりだったけど、また悪さされたら敵わないからな」  タケシ兄ちゃんは空を見上げる。バツが悪そうに。セミの声が響いてくる。僕はタケシ兄ちゃんの言葉を待つ。 「県外の牧場にタケルと行く。生き物相手の仕事だから多分来年俺はここにいない。知り合いの紹介だよ。まだ誰にも言っていない」 「嘘……。タケルも?」 「タケルもだ。タケルが一緒でもいいって言う条件だったからその話を受けたんだ。数年は帰れないだろう」  泣きそうになるのを腕でまぶたを拭って抑える。 「僕……、高校生になってバイトできるようになったらタケシ兄ちゃんの牧場に一人で絶対に行く! 絶対だから! それまで忘れないで!」 「どうやったらユウタを忘れるんだよ」  そう笑ったタケシ兄ちゃんの顔は僕の胸に刻まれたんだ。  僕はその日から僕に約束した。高校生になるまでタケシ兄ちゃんに会わないと。自分で自分のことをできるようになるまで会わないと。  やっと高校生になった最初の夏休み。約束通りにバイト代を貯めてタケシ兄ちゃんの勤める牧場に向かう。  あの夏の終わり、僕は子供だった。高校生になった今でも子供に変わりはないが少しだけタケシ兄ちゃんに近付いた気はする。  これから向かう牧場にはタケルもちゃんといる。また夏の終わりまでタケシ兄ちゃんと一緒にいるんだ。  子供の頃憧れたタケシ兄ちゃんとの時間を過ごす。  タケルを間に挟んで。
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