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*第一話 ひとりぼっちの新クラス
ちなちゃんとクラスが分かれてしまった。
新五年生。
クラスがえの発表を見たとき、思わず「がーん」と口に出してしまったほど、春乃にとっては特大の衝撃だった。人生で一番のショックかもしれない。
保育園からずっとずっと一緒だったちなちゃんは八組。春乃は一組。
泣きそうになった春乃を見て、横でちなちゃんが笑った。
「はるのん、口から効果音出てるよ」
「だ、だって、間に六こも教室があるんだよ〜!」
距離にしたら何メートルあるんだろう。さあっと血の気がひいていく。
「ほら、いわゆるマンモス校の宿命ってやつだよ。そーんなに不安がらなくても、大丈夫だって。はるのんはいい子だもん。絶対、友だちできるよ」
「そうかなあ〜〜〜〜」
ぱん、と強く背中をたたくと、元気よく手をふりながらちなちゃんは走っていってしまった。そりゃそうだ。一番手前の一組とくらべて、八組までは何メートルもあるんだもん。
そんなこんなで、新しいクラスになって一週間たったけれど、春乃はまだ、あまりみんなと話せないでいる。
四月の陽気はまったりとやさしいのに、気持ちはずっと、ちょっとくもったままだ。
もうすっかり慣れきっていた三、四年生のクラスが解散して、いきなり一人旅に出されたみたいな気分なのに、みんなはもう、結構うちとけ始めてる感じだ。
放課後の今も、後ろから笑い合う女の子たちの声がして、そっと振り向いて見る。
「クラブどうする?」
「わたし、去年から書道やってるよ〜」
……どうやら、今はクラブの話題みたい。
中等部、高等部までいっしょの巨大な学校だから、クラブもいろんな種類があって、入っていたりいなかったり、自由に選べるんだ。
この話題なら、話せるかな……!?
でも、クラブには入ってないから、いろいろ聞かれてもすぐに話が終わって気まずくなっちゃうかも……。
無意識にギュッと筆箱を手ににぎる。
どうする? どうする……?
話しかけようか? でも……!
そう思っておろおろしている間に、ユキちゃんというポニーテールの子が「あっ、わたしピアノがあるんだ」と手を振って、みんな解散になってしまった。
首を前に戻して、春乃ははあ、とため息をついた。
葉山ユキちゃん。
できたら、仲良くなりたいな、って自己紹介のときに思ったんだ。
わたしもピアノやってるよ。しかも、わたしも弟がいるんだよ! って、なんだか、たくさん話せそうな気がしたから。
でもそれきり、一度も実現できてない。
最初に女の子たちで休み時間におしゃべりすることになったとき、なんと、いきなり「好きな人」の話になったからだ。
予想外のダイタンな話題にびっくりして、固まってしまった。
五年生って、いきなり恋バナするほど一気に大人になるの……!?
目を丸くしていると、「ナイショー」とか「塾にいるんだ〜」とか「クラスがえでちょっとかっこいいなって思った」とか……とにかく、みんなが楽しそうで。
わかる、恋バナって、仲良くなる効果めっちゃあるもん。でも……!
ばくばくいう心臓をもてあましていると、
「春乃ちゃんは?」
と声をかけられた。
「えっと、その……」
どうしよう。
ウソは、多分よくないよね。後からバレるのもちょっと怖い。でも――。
「ええっと、わたしは、よくわからなくって……」
最後のほうは消えいるように小さな声になってしまった。
ウソでは、ない。
「そ、そっか。まあ、確かに恋なんて、よくわかんないよね。わかるよ〜」
ユキちゃんは、変な空気にならないように、気をつかってくれた。うう、やさしい。
他のみんなも、「まあ、たしかにねー」なんて笑ってくれる。
いいクラス……!
だけど、たぶん「春乃ちゃんは恋バナNG」でみんなにインプットされてしまったのはわかった。
そうじゃない。恋バナ、大好きだけど。
恋かどうかはわからないけど、忘れられない男の子もいるんだけど。
でも――その人は、どこの誰だかわからないんだ。
そんな変なことを言ったら、みんなをきょとんとさせてしまいそうだし、「何それ?」なんて言われてしまうかもしれない。
それで、ついしどろもどろになって、みんなに気をつかわせて、仲良くなるきっかけをすっかり逃してしまった。
そのときの春乃以外の三人が、あれからなんとなく、いつも一緒にいる感じになっている。
「……いいなあ」
はあ、とふたたび大きなため息をつく。
と、突然すぐ横の窓が開いて、春乃はびくっと肩を縮こまらせた。
廊下側から、ぬっと知らない顔がのぞく。ちょっと大人っぽいメガネの男子だ。
「今ため息ついたの、きみ?」
「えっ? あ、はい、たぶん……?」
「しかも、さっきクラブの話題をうらやましそうに見てたよね?」
「えっ、はい……」
目をぱちくりと瞬いていると、その人が唐突に言う。
「そんなきみにぴったりのクラブがあるんだけど!」
「へっ?」
「待ってて」
その人は窓から姿を消すと、すぐに後ろのドアから教室に入ってきた。
やっぱり、すそに白いラインが入った中等部の制服だ。背も、結構高く見える。
彼は春乃の横に来ると、やさしいまなざしで名乗った。
「僕は間宮。『郵便クラブ』の部長なんだ」
後半は、腰をかがめて内緒話のようにささやいた。
それからにっこりと笑う。
「これから一緒に来てくれないかな」
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