【終わらない夏祭り】

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 通勤路から逸れ、古びたビルの角を曲がり、見知らぬ狭い道を進んでいくと……人気のない道路に面した空地で、小さな祭りが催されている。近くの電柱には『盆踊り大会』のポスター。日付は八月十六日だ。もう十月だが、別の祭りなのだろうか?  折角だからビー玉入りのラムネでも買って行こうと、私は軽い気持ちで立ち入った。  祭りの会場には、見知らぬ異国のような新鮮さと、田舎の村社会のような閉鎖的な雰囲気があった。動物のお面を被った子供達が、遠巻きに私を見ている。その視線は警戒なのか、牽制なのか、好奇なのか。集会所のテントの下では、酔っぱらって真っ赤になった大人達がガハハハと吠えていた。  別に近隣住人以外立ち入り禁止ということは無いだろう。少し躊躇ったがここで戻るのも逆に恥ずかしく思えて、そのまま歩みを進めた。  ぐう。屋台から漂う良い匂いに、夕食前の空腹が刺激される。……何か食べようかな? 五百円しか持たせてもらえなかった子供の頃と違い、今は大人なのだから、何だって食べ放題だ。チョコバナナ、かき氷、焼きそば……あ、リンゴ飴。大人になった今なら、一個食べきれるかもしれない。  リンゴ飴の屋台に近付くと、おかめのお面を被った大将が「らっしゃい!」と威勢良く迎えてくれた。随分お面の人が多いが、この祭りには仮面舞踏会のようなルールでもあるのだろうか? 「一本下さいな」と声を掛けると、何故かおかめも「一本下さいな」と復唱した。  首を傾げる私。  おかめは屋台の向こうから身を乗り出し……私の腕に手を伸ばす。  が、私を掴んだのは別の手だった。 「何してるの。いい年して迷子なんて、笑えないよ」  あどけない声に振り返ると、そこには戦隊ヒーローのお面を被ったパジャマ姿の少年の姿。小学校高学年くらいだろうか? 少し汗ばんだ小さな手が、私の手を握る。 (な、なに……?) 「ほら、行こう」  少年に手を引かれるまま、私は屋台から離れた。振り返ると、そこには穏やかな顔で、悔しそうに震えるおかめ。屋台の内側に隠されていたその腕は真っ赤で、人間の足程も太かった。……あのままだったら私は、何を“一本頂戴”されていたのだろう。嫌な想像が膨らんだ。汗が気味悪く背中を伝うが、恐怖に思考が追いつかない。  この少年は、お面通りヒーローなのだろうか。「ねえ」と声を掛けようとした時、彼の手が突然するりと抜けていく。私はあっという間に、人混みの中にその背中を見失ってしまった。  ワイワイ、ガヤガヤ。小さなお祭りとは思えない人の数。……本当に人、なのだろうか。お面の群れに取り残されて、私は迷子の子供のように途方に暮れる。突然右も左も分からなくなる。ぐるぐる眩暈がして、私は俯いた。  知らない誰かの和気あいあい、香ばしいソースの香りが、私の孤独を煽る。何だか、以前にもこんなことがあった気がした。  ――砂利を踏む音。目の前で立ち止まった二つの運動靴に、私は顔を上げる。そこには先程の少年が居た。 「はい、これ」  少年はそう言って、私に何かを差し出す。チープなプラスチック製の、ウサギだかネコだかよく分からないキャラクターのお面だ。これを取りに行っていたのだろうか? 「なに、これ」 「お姉さんの分のお面。とりあえず被って」 「なんで?」 「顔を隠している方が、目立たないから」 「別に、目立つ顔じゃないと思うけど」  と言う私の耳に、少年は顔を寄せてこそっと言った。 「ここでは“人間”は目立つんだよ」  私は少年の不思議な発言に、ポカンとする。しかし心のどこかでは“ああやっぱり”と納得してしまっていた。急いで、ウサギネコになる。
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