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空地の端、人混みから離れた場所で、少年は私にこの祭りのことを教えてくれた。嘘のような話だが……ここはあの世とこの世の狭間。人ならざる者達の、常夏の祭り会場であるらしい。お盆に戻ってきて、あの世に帰りたくない霊達が、永遠の夏を楽しんでいるのだという。
確かに、そう言われて見るとここに居る誰もが、はっきり人間だとは言い切れなかった。まず、殆どはお面を被っており顔が見えない。顔の見える者は赤ら顔の酔っ払いばかり……と思っていたが、見れば見るほど赤過ぎて、人間の皮膚の色ではない気がした。ガハハと笑う口から覗くのは、鋭い歯。額には短い角が生えている。
「あれはもしかして……鬼?」
「そう。死んでから彷徨う期間が長いと、霊は少しずつ自分を見失って、生者を羨む邪悪な怨霊になるみたい。そして、いずれは鬼になる」
子供のくせに、随分と難しい事を言うのだなと思った。
「鬼になるとどうなるの?」
「人間を食べるよ」
「ど、どうやって」
「各自の好みで。丸呑みだったり、指一本ずつだったり」
「まさかあ」
性質の悪い冗談だと思い、私は下手くそに笑った。その時くじ引き屋で、カランカランとベルが鳴る。「おめでとう! 二等は“柔らかい子供のおへそ”だよ!」……マジか。では先程のおかめも……。
「お面を被っているのは、みんな鬼なの?」
「遊びで被っている鬼も居るし“鬼になりかけ”も居る。なりかけは、鬼に変化中の顔を見られたくないらしいよ」
私は、急に不安になった。怯える様子もなく平然と鬼を語る少年。彼は一体何者なのだろう。少年は私の心中を察したのか、ごく小さな声で言う。
「あとは僕達みたいに、迷い込んで正体を隠している人間もいるかもね」
「つまり、君も生きている人間ってこと? 何で色々知ってるの?」
「……はあ。ねえ、いつまで忘れたフリしてるの? お姉さんは僕に会いに来たんでしょ?」
「えっ」
まるでナンパ男の口説き文句の様だが、少年の言葉はどこか真実味を帯びていた。困惑する私に、少年は華奢な肩を竦めて、ポケットの中から何かを取り出す。
「これを取り戻しに来たんじゃないの?」
色付いた紅葉のように、よく熟れた柿のように、真っ赤な色の丸い玉。……私は一目でそれが、失ってしまった自分のものだと気付いた。
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