【終わらない夏祭り】

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『お兄ちゃんも迷子なの?』 『ううん。僕は好きでここに居るんだ。ずっと夏がいいから』 『どうして? 秋が嫌いなの?』 『そうだよ。秋は、痛いし苦しいし怖いんだ』 『えー! そんなことないよ。秋って良いことばっかだよ。焼き芋でしょ、栗ご飯でしょ、あとモンブラン!』 『食べ物ばっかりだね。……そんなに言うなら、君の秋を僕に貸してよ』 『えー?』 『その代わり、ちゃんとお母さんの元に連れて行ってあげるから』 『うーん……いいよ。でも、ちゃんと返してね?』  遠い昔。とある少年と少女の会話。少年は目の前の彼と寸分違わぬ姿をしていたが、少女の姿は見えない。それは少女が“私自身”だからだ。 「思い、出した……」  私は子供の頃にも、この祭りに迷い込んでしまったことがある。そして少年に出会い、彼に“秋”を貸した。秋を失った私はそれ以降、年中真夏女になったという訳である。どうして今まで忘れていたのだろう。 「君はあれから、ずっとここに居たの?」 「ここには時間が無いから。ずっととも言えるし、ついさっき来たばかりでもあるよ」 「大人になった私のこと、よく分かったね」 「そんなに変わって無いからね」  それは流石に嘘だと思った。あれからもう二十年近く経っているのだから。  ……何はともあれ、この機会を逃す訳にはいかない。 「それ、私の秋だよね。返してくれる?」 「どうしようかな?」  少年は玉を再びポケットにしまって、意地悪な口調で言った。彼はやっぱり悪者なのかもしれない。無邪気な小悪魔だ。 「僕に金魚すくいで勝てたらいいよ」  そう言って私の手を引く少年に、私は先が思いやられるような……ちょっぴりワクワクもしていた。以前迷い込んだ時の、楽し気な記憶が蘇ったからだろう。先程までゾッとしていた恐怖が、肝試し感覚のドキドキに変わっていく。  向かった金魚すくいの屋台は、私が苦手な“最中タイプ”だった。どうやらお金は必要ないらしい。一人一つずつカップと最中を手渡され「せーの!」で開始。フォトジェニックに揺れる、赤、黒、赤。どの子にしよう。あの子にしよう。あ、待って―――フナリと最中が溶けて崩れ、私は秒で敗北した。  少年は器用に、一匹、二匹と捕まえていく。五匹を超えたあたりから、何故か私は少年を応援してしまっていた。 「頑張れ頑張れ! あ! あー……」  八匹目を捕まえたところで、遂に少年の最中も崩れる。残念そうな声を上げる私に、少年は「一匹あげようか?」なんて言うが、別に欲しくはない。少年も飼う気はないのか、全て生け()に戻して立ち上がった。人間は勝手だな。 「僕の勝ちだね」 「三回勝負じゃなかったっけ?」 「ふうん。いいよ。じゃあ次は輪投げね」  ……次も惨敗だった。一つも入らなかった。少年は高得点を出し、景品の光るヨーヨーで遊んでいる。私は参加賞の吹き戻しをヒョローッと吹いた。 「さあ、最後は何にする? 射的? 型抜き?」 「もう私に勝ち目ないじゃん」 「次で勝てたら、お姉さんの勝ちでいいよ」 「今までの勝負は一体……。じゃあ、えっと……かき氷勝負!」 「え?」 「私の舌の色で、何味のかき氷か当てられたら君の勝ちね!」  そう言って、私はかき氷の屋台まで走っていく。少年に隠れて、かけ放題のシロップをたっぷり氷の山に染み込ませると、ガツガツ頬張った。少年は律儀にもこちらを見ないように待ってくれている。 「さ、当ててごらん!」  と言って、お面を少しだけずらし舌を突き出す私。子供に舌を見せつけるなんて、何だか変態みたいである。少年は「どれどれ」と余裕そうに覗き込んできたが…… 「え、なにその色、気持ち悪い」  私はその言葉に、企みが成功して喜ぶべきか、ショックを受けるべきか悩んだ。 「分からない?」 「分かんない。黒っぽい……コーラ?」 「ブブー! 正解は、いちごレモンメロンブルーハワイでした!」  つまり全部である。ごちゃまぜになったシロップは、私の舌を何色でもない色に染めていた。少年は「ずるい」と言いながら、全然悔しくなさそうに笑った。
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