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「先輩は授業参観って参加したことありますか?」
わたしは隣に座り、生徒の答案用紙に丸を付けている先輩の先生に聞く。
先輩は苦笑いを浮かべながら、首を横に振った。
「行ったことないね。行きたいとは何度も思ったけどね。この仕事をしてると難しいね。行けないだけならまだしも、授業参観に来ないことに、何度子供に非難されたかわからないのが辛かったなあ」
「まあ、そうなりますよね」
わたしは嘆息を吐く。
わたしは小学六年生の我が子から、授業参観に関するプリントをもらっていた。恐らく、時期的には最後の授業参観だろう。
「一応、渡したけど、どうせ来れないでしょ?」
子供らしくない一言だった。せめて、来て欲しいって言って欲しかった。でも、まあ、子供とて人間だ。いつも仕事で忙しく、学校の行事にもまともに参加できたことがない。行事の悉くが自分の勤めている小学校の行事と重なったり、トラブルに見舞われ、その対応に追われたりなどするせいだ。それが積み重なれば、子供だって期待しなくなる。
そんな思いをさせていることが心苦しかった。
「先生っていう、一番、子供を見る職業が、一番、自分の子供を見れないって皮肉に感じるね、僕は」
先輩の言葉に、わたしは苦笑し、首肯する他なかった。
恐らく、わたしが子供とまともに接した時間は、子供を産んだ直後だけだろう。その期間、わずか2か月ほど。わたしは保育園に入園させられるようになるなり、すぐに入園させた。
最も、その2か月だって、子供とまともに接したといっていいかわからない。授乳したり、寝かしつけたり、慣れないことの連続で、わたしはストレスをため込み、それにストレスを感じることがまた、子供に申し訳なくて、さらにストレスをため込むような状態で、自分の感情をコントロールするのに精いっぱいだった。
復職してからというもの、多忙を極めた。体のこともあり、仕事量は配慮してもらえたが、それをわたしが拒んだ。出産前に、元旦那の不倫が発覚し、離婚して、収入源がわたし一人になったからだ。
まあ、今思えば、家に帰れば我が子の世話があったから、現実逃避したかったというのもあるだろう。仕事も現実だが、まだ慣れている分、ましだった。
「その話をするってことは、授業参観が近々ある感じ?」
「そうなんです。でも、この学校の授業参観日と重なっちゃってて」
「それはもう行けないね。まあ、そうじゃなくても、先生が年休を取得して我が子の授業参観に行く、なんて言うのも難しい。保護者のみなさんから、うちの子を見ないで自分の子を優先するなんて、無責任じゃありませんか! なんて言われかねないしね。それなら自分で子供を見ればいいのにね」
わたしは苦笑する。同意しかできない。
「それに、うちの学校だとなおさらハードル高いよね。校長はおおらかだけど、教頭がうるさい。自分が上に上がりたくて仕方ないから、不祥事とか面倒事嫌うからね」
禿げ頭を掻きながら、難しい顔をしている教頭に目を向ける。舌打ちをしながら、人差し指でキーボードを一つ一つ丁寧に入力している。
恐らく、さっきわたしのクラスのやんちゃな三人組が窓ガラスを割ってしまったので、その報告書を書いているのだろう。わたしがやっていないのは、偶然、教頭の目の前で発生したからだ。
「まあ、授業参観に参加することは諦めた方がいいね」
「ハードルが高すぎるし、そのハードルを越えることも、薙ぎ倒して進む勇気もわたしにはありませんよ」
また嘆息を吐く。
ごめんね、と心の中でつぶやく。もう、謝罪の言葉すら必要としなくなった我が子に心の中だけでは詫びておく。
「……先生、あの、わからないところ、教えてくれませんか?」
気が付けば、わたしのクラスの学級委員長の一人が傍らに立っていた。三つ編みに眼鏡。優等生をまさに具現化したような子だ。ちょっと存在感がなかったりもするけど。
「ええ、ああ、うん、いいよ、どこかな?」
「ここの計算問題がわからなくて……」
わたしは計算問題の解き方を教え始め、我が子のことは頭の隅に追いやった。
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