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◇◇◇
夕餉の支度にとりかかった頃、錠の開く音がした。
疲れた顔の、それでも目許に笑みを浮かべた五十嵐が入ってくる。もはや日課となっている五十嵐の訪いである。
五十嵐の手には珍しい鬱金香の花束がある。花瓶に水を汲み、花を挿して厨房の窓際に飾る。この男はよくこうして花を買っては生ける。水替えなども巧くやってくれるので、桜城はしばらく鑑賞を愉しむことができるのだった。
「きみの入選祝いだ」
悦に入ったように花を眺める五十嵐の姿はなんだか可愛らしく、桜城は笑った。
「ありがとう、綺麗だ。思いがけなく春の到来を味わわせてもらって、嬉しい」
五十嵐が桜城の腰を後ろから抱いてくる。
「きみのそんな顔が見たいという下心もあった」
独特の甘い言い方も好きだった。
半年前、酒屋の娘との縁談を破談にした桜城はいよいよ実家に居づらくなり、この一軒家を借りた。実家とは街道を挟んだ反対側にある。
桜城が家を借りると知った五十嵐は、「自分もそうしようと思っていたところだ」と言って桜城を驚かせた。
「きみと一緒にゆっくりと過ごせる場所が欲しいと思ってな」
動機までそっくりで、打ち明けあった二人は嬉しさに思わず笑った。
どうせなら一緒に暮らしたいとそれぞれ希望を口してみたものの、独身の男二人が部屋を共有することに、周囲は奇異の目で見てくるだろう。あれこれと面倒なことを訊ねられて、その度に心の痛む嘘を重ねるのもつらいと、そんな悩ましい結論に至り、ひとまず桜城だけが部屋を借りることにした。その代わりにといってはなんだが、と、桜城が断るにもかかわらず律儀な五十嵐は、今でも賃料の半分を負担してくれている。
家の周りはほとんどが畑だ。町はずれに離島のようにたてられた静かな家だった。風呂はないので桜城も五十嵐も仕事帰りに銭湯に寄ってくる。
戸口から入ると土間があり、竈が設えられている。左手に上がり框があって板の間が続き、中央に大きな囲炉裏がって、冷気の厳しかったこの冬はとても重宝した。
囲炉裏の左手に座卓を置いて勉強用にあてている。右手に布団を敷く。晴れた日には裏庭の竿に布団を干すのが桜城の楽しみだ。ほっかりとあたたかな空気を孕んだ布団は気持ちよく、眠ると疲れも取れる。
野菜粥と焼き魚の夕食を終え、白酒を一杯だけ嗜んで寝支度をした。
並べた布団で五十嵐と寛ぐ。寄り添いながらたわいもない今日の出来事を振り返り、語りあって、やがて身体を弄りあいながら口づけを交わす。
五十嵐は口づけも煽情的だ。桜城の弱い部分を知っていて、的確に快楽を引き出す。
互いの肉体を求め、抱きあう。五十嵐の固い筋肉は隅々まで美しく盛り上がり、指先ひとつまで逞しくて頼もしかった。
男が女を欲するように桜城を欲してしまうという不安を打ち明けた五十嵐を、桜城は受け入れた。性格もあってか、受け身なのは別段、苦ではない。むしろ情熱的に快楽をくれる五十嵐の本懐を受けるのは至福だった。
顔を覆いたくなるような格好をさせられても、五十嵐の優しい心遣いや巧みな手管によって、桜城は更なる痴態を晒して快楽に溺れてしまう。
丹念に準備を施され、驚くような質量の五十嵐の本懐を押し込まれても、こんなに幸せな瞬間はもうないだろうと毎回感じる。
我を忘れるほどに互いを求め、享楽に没頭して、淫らに耽り。汗だくになりながら心一杯に愛しあう。そんな行為にすっかり耽けきった後で、五十嵐の腕の中で恍惚に包まれてつく眠りは、どこよりも安心できた。守られているような感じがして、この時間が永遠に続いてほしいと桜城は夜毎に願った。
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