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「無茶しやがって、こいつは…!」
目覚めてぼんやりと天井を眺めた桜城の耳に、恨みがましいかすれ声が滑り入った。
桜城は動きづらい首を傾け、声の主を見た。
怒ったような、もしくは安堵に泣きそうな、どちらともつかぬ顔の男がベッドの傍らにいる。若衆班の班長である中年のこの男は飯塚といい、地元消防組を管轄する警察官だ。人情味の篤い男で、有志で集まっている若衆班の班員は、飯塚の人柄に惚れてこの危険な仕事に就いている者が多い。現に桜城も小学校の教員という仕事の傍ら、若衆班の班員として活動を続けていた。
「俺と五十嵐が助けなかったら、お前、今ごろ丸焦げだったぞ」
そうか。自分はあの火災から助けられたのだ。まさに修羅場だった現場を思い出し、桜城はあらためて身震いした。そして自分が今、その治療のために病院のベッドに寝かされていることも認識した。
「おじいさんや五十嵐は、無事ですか」
「ああ。五十嵐はぴんぴんしとる。住民を救えたことは、本当に良かった。だが、今回の件については上が目溢してくれんかったよ。お前は、首になった」
残念そうに告げる。
「…そうですか」
確かに、住民のあんな言葉に激昂して我を忘れた自分勝手な行動は、五十嵐や班長までをも危険にさらすことになった。そうたやすく許されるべきものではないものだった。
「しかしだ、今回の件で上部に説得しやすくなった。放水の重要性を、な」
桜城は神妙に頷いた。
すでに東京では、ドイツから輸入したポンプとホースによる放水消火が火災鎮火の主流になっている。しかしここのような田舎町ではまだ倒壊方式が用いられていた。それでは消防員と市民の安全が保てないから、一刻も早く放水式を取り入れるべきだと飯塚はこれまでも上層部に訴えかけていた。
「ともかく、お前が無事に目覚めてよかったよ。なかなか目覚めないから五十嵐も心配しておったのだ。あの仏頂面を珍しくまっさおにさせてな」
くしゃりと笑顔を作る。桜城には意外だった。確かに五十嵐とは若衆班として共に消火にあたっているが、そこまで親しい覚えはなかったからだ。
「ゆっくり休め。先生に目覚めたことを伝えてくる」
桜城の意識が戻ったことを医師に伝える旨を示して、飯塚は静かに病室を出た。
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