前 ・ 思い、焦がれ

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前 ・ 思い、焦がれ

   縁側で兄の背中を見つけた桜城(さくらぎ)は、咄嗟に呼び止めた。 「自分の名前の由来を知りたい?」  驚いた顔の作之介(さくのすけ)は、いつも桜城と話すときと同じく、見下すような目つきで居丈高に問いかける。兄の貴重な時間を割かせていることにじわりと申し訳なさを覚えながら、桜城は頭をさげた。 「学校の宿題なのです。母上に尋ねても答えたくないとおっしゃられて。ご存知でしたら教えてください、兄上」  作之介は面白そうに口を歪めた。なぜ笑われるのか、きょとんとする桜城に対してあからさまに冷笑を投げかける。 「お前は、うちの何番目のおのこだ、同之慎(どうのしん)」 「五番目です」  兄はしっかりと頷いた。 「そうだ。俺の三人下だ。つまり五人の男が続いた、お前は一番末の弟だ。そして、お前の下には二人の妹がおるな?」 「はい」 「だからだ。お前を生む時、母上はおなごが欲しかった。お前の存在は、母上にとっていてもいなくても同じだったのだ。だから同之慎と名付けられた」  思わぬ回答に呆気にとられた桜城は、目を白黒させる。閉口する桜城の反応が面白いのか、作之介はさらに冷淡な笑いを頬に浮かべた。 「そうだ。分かったか。お前はいてもいなくても同じ人間なのだ。お前の教師にそう伝えろ」  傷に塩を塗りたくられたような陰惨な気分に陥った桜城は、枝が軋むような硬い動作でぎこちなく腰を折った。 「そうですか。教えてくださりありがとうございます、兄上」  作之介は「ふん」と鼻を鳴らす。 「俺も母上と同じだ。お前などいてもいなくても変わらん。むしろ、視界の邪魔になってたいそう迷惑だ。さっさとどこかへ奉公にでも出てほしいと常々思っている」  この時の作之介の侮蔑を、桜城は終生、忘れることができなかった。
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