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「おおい! ただいま!」
玄関で、ずだ袋が放り込まれる音がした。
すっ飛んでいくと、……アニキがスニーカーを脱ぎ捨ててずんずん入ってくる。そのまま風呂に突入。
いやアニキ、「ただいま」じゃない。アニキはここを出てったんだ。そうだ。そうだよな?
結婚したはずだ、確か。あれは幻でも僕の夢でもなく、絶対に現実だったと断言できる。
僕は風呂の扉をガンガン叩いた。
「ちょっと。いきなり来て何風呂入ってんの?」
「おう、そういう気分だったからな。温泉に入りたくなった」
温泉ではない。温泉風味の、僕の好みの入浴剤入り風呂ってだけで。自分ちで入れりゃいいだけで。
「あの音何だ?」
外ではボカンボカン爆音がしていた。
「忘れたの? 今日はこの地区の花火大会――」
「おお、そうだ! 花火見に行こう」
アニキはすっ裸のまま飛び出してきて、このところ続くゲリラ雷雨で部屋干ししかできずに生乾きだったバスタオルを平然と使い、僕の服をチャチャッと着込むとグイグイ引っ張ってくる。
「無理。今、豆の煮物を仕込み中、それにラタトゥイユの下ごしらえと――」
「安心しろ、生煮えだろうと焦げ焦げだろうと俺の胃は大丈夫」
誰がアニキに食わすって言った?
と反論する前に、アニキはガチャガチャとガスの火を消し、素早く戸締りして、僕を押し出し、追い越し、駆け出した。僕をカートのように引き摺りながら。
――この勢い。めっちゃスピーディな行き当たりばったり。有無を言わさぬ行動力。
……に、ずっと辟易していたことを、アニキは知らない。結婚して出てって、ようやく手に入れた一人暮らしの平穏な日々。
奥さんと喧嘩したって? そんなもん、犬猫ハムスター誰にでもいいから食わせてやってくれ。
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