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彼女と出会ったのはイタリア旅行の最中だった。数日の宿泊だけが付いたツアーの自由時間で、一人旅気分を満喫していた。
永遠の都ローマで「グラディエーター」のコロッセオ、「ローマの休日」のスペイン広場。「賽は投げられた」のフォロ・ロマーノ。そんな名所のどこかで出会ったのならロマンチックな映画のようだ。
が、そんなキラキラしたもんじゃなかった。
ローマのテルミニ駅からフィレンツェへ、憧れの高速鉄道で移動……するつもりだった。それが。
イタリアという国は相当いい加減で……いや、日本が鉄道に関してはこと細かく正確なのに比べると、大雑把というか大らかというか。
絶対に時刻通りに発車しない。にもかかわらず、僕が乗った電車は、予定時刻5分前に出発したのだった。さすがにおかしいぞ、という警報が頭に響き渡り。
イタリア人車掌と片言の英語同士で確認したところによると、……何と真逆のナポリ方面へ向かう、しかもノンストップ特急列車だった。
イタリアという国はマジで大雑把で、逆方向の列車も平然と同じホームにいたりするのだと実感した――したくもなかったが。
とにかく列車が次に止まるまでには1時間ほどもあった。開き直って4人がけのコンパートメントを1人使い、ドアを閉めてひっくり返っていたら、ノック。
「はい?」
細く遠慮がちに開いた扉の隙間から、黒髪の女の子がおずおずとのぞいた。
「あ、すみません、空いてるかと思って」
日本語。すぐに顔を引っ込めようとした彼女に、僕は反射的に言った。
「ナポリへ行くんですか?」
「あ、いいえ。フィレンツェへ行くつもりが――」
――僕と同じ失敗? 勝手に親近感、そして声をかけていた。
「よかったら着くまでの間、お互いの失敗談でも話しません?」
すると彼女は嬉しそうに入ってきて、ボストンバッグをシートに投げ出した。
旅慣れた感じの軽装にスニーカー、無造作に束ねただけの髪。でもにこやかな笑みが女神のように眩しく見えた。印象も居心地も良く、僕は話し上手になったような気になった。話は次から次へと枝葉が広がり、まさに花が咲いていた。
と、勢いよく扉が開いた。車掌の切符の点検か? と何の疑いもなくその男を2人して見つめた。男は微笑みながら悠々とシートの荷物を2つ持ち上げ、「じゃ」とばかりに手を挙げて去って行った。
後にはドアがガチャンと閉まる音のみ。
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