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突然のメール
『クリスマスイブ、レストランの予約が取れた。誕生日一緒に過ごそう』
仕事が忙しいと最近、碌に電話をかけてくることもなかった彼からの突然のメールだった。
単純に嬉しかった。やっと私との結婚を本気で考えてくれる気になったと。
三十歳の誕生日に夜景の見えるレストランでロマンチックなプロポーズをしてくれるのだと、本気で思っていたのだ。
あの時までは……
♢
「鈴香! 今日はどうしたの? 朝からウキウキしちゃって。仕事中もソワソワしてたでしょ。さては、彼氏とデートだな」
就業時間を目前に、隣の席に座る腐れ縁の同期、菊池明日香から鋭いツッコミが入る。
「まぁ、それゃそうか! 今日はクリスマスイブだもんね。カップルにとっては一大イベントかぁ。サンタも裸足で逃げ出す、アッつ~い夜を過ごす恋人達が街中にあふれる日だもんね。しかも鈴香誕生日でしょ。彼氏と過ごさなきゃ誰と過ごすんだって感じか」
「はは。想像にお任せしまーす」
「なに!? その乾いた笑い。どうせ私はボッチで寂しいクリスマスですよぉ~」
「何言ってるの。大好きな推しのクリスマス生配信観るって張り切ってたくせに。明日香もそろそろ二次元じゃなくて三次元の男を好きになりなさいよぉ。お互いもうすぐ三十歳なんだから」
「嫌よ。三次元の男なんて気持ち悪い!」
「さようですか。あっ! 定時になった。じゃ行くね」
「こらぁ。逃げるなぁ」
同期の叫びを背中に聴きつつ、駆け足で扉に向かい廊下へ出ると、その足で更衣室へと向かった。
♢
私の名前は冬野鈴香。製薬企業に勤める二十九歳のOL。お察しの通り、クリスマスのこの日、目出度く三十路を迎える。
この日の為に買った黒のワンピースを着て、脚元はスパンコールがキラキラ輝く黒のピンヒールのパンプスを履く。胸元で輝く一粒ダイヤのネックレスは彼からのプレゼントだった。付き合い出して初めての誕生日、彼も背伸びをしていたのだと今なら分かる。
あれから十年。
色々な事があった。彼の浮気が発覚し別れを切り出したこともあったが、必死で謝る彼に絆され、関係を続ける決心をした。社交的で交友関係も広かった彼とは、価値観の違いで何度も何度も喧嘩になった。でも、決まって最後は謝ってくれた。自分の非を認めて、謝る事が出来る彼を尊敬していた。
いつか彼と結婚したいと本気で思っていた。
その想いが今日実を結ぶ。
仕事が忙しいと連絡が来なかったのも、今日の日の為に仕事を調整していたからなのだ。
営業職で忙しい彼の事だ。電話すら出来ない程、仕事を詰め込んでいたのだろう。あまりの連絡の無さに浮気を疑っていたなんて、彼に申し訳ない。
最高の誕生日になる。
そんな想いを胸にエントランスを飛び出す。
「雪……」
手の平に落ちた雪を見つめ、空を見上げる。
ホワイトクリスマス……
きっとこの日を忘れない。
雪を見るたび想い出す。三十歳の特別な誕生日の事を。
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