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またいつか。
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私には、娘がいる。幼くて、妻に似た亜麻色の髪と私に似た藤色の目をした女の子。背は低くて、色白でかわいらしい女の子。
でも、娘は監禁された。私のせいで。
私は研究者として功績を上げつつ、幸せな家族に囲まれて暮らしていた。それを嫉んだ研究者が、仕事に集中していないと言いがかりをつけ、娘に手を出した挙句監禁したのだ。
確かに、私の所属している研究所は特殊で、家族がいても顧みない、その割には成果が出ないから誰かが幸せそうだと異端として潰す。これが日常茶飯事の場所ではあった。
だからと言って、娘に手を出されたのはさすがに堪えた。所長に抗議してその研究者は追い出されることになった。一方の娘は記憶をなくし、その代わりに超能力を身に着けていた。
娘は二度と監禁されていた部屋から出られなくなった。
この事実を知った妻は私の前で自殺した。お前のせいだ、と言わんばかりの憎しみを込めた目をしていた。
しばらく手に仕事が付かなかったが、見かねた所長がいったん研究から離れ、外に出られない娘の、咲来の世話役兼護衛をするよう言った。
私の家庭を崩壊させてしまったことへの罪滅ぼしだったらしい。
正直、その申し出は嬉しかった。仕事が手につかない以上、娘のことを機にかけてやりたかったし、なにより、自分の中の喪失感を埋めたかったのだ。何も覚えていない咲来には申し訳ないと思う。
何も知らず、けいすけと優しく微笑んでくれるあの子に。死んだ娘の代わりにしないで、と言われた時はさすがに戸惑ったし、悲しかった。咲来の代わりなどいない。
最愛の妻の代わりがいないように、最愛の愛娘の代わりなどいないのだ。
でも、それを伝えてもわかりはしない。記憶がないのだから。
わかっていて、そばにいた。わかっていて、娘として接した。非道な実験にさらされていても、守れない。守れないなら、ほかでカバーしよう。身体は守り切れなくても、心だけは守ろう。そう誓ったのに。
白い小さな幸せはあっという間に崩れた。
どこかの国の人権団体とかいう破壊集団に、この研究所の情報が漏れたのだ。
多分、漏らしたのは私の幸せを壊してクビになったあいつだろう。
破壊集団は、研究所を踏み荒らし、抵抗する研究員や被験者を虐殺、女子供は強制的に連れ去ろうとした。
当然、咲来も。腕を強引に引っ張っていく様をみて頭に血が上った。目の前が真っ赤になり、気が付いた時には咲来を抱えて研究所の外に逃げようとしていた。
負傷している個所はあったが、できるだけ遠くへ逃げた。銃の音が聞こえない、人のうめきも聞こえない、誰の手も届かないところへ。
走り続けていると、子供の頃よく遊んでいた図書館が現れた。今は廃墟となっているが、個々ならきっと見つからないだろう。
室内に入り、奥の方の窓のない部屋につくと咲来を下ろした。
「いつか、きっと迎えに来るから」
「だから、咲来、君だけでもどうか」
最後に優しく抱きしめて、いい子で待ってるんだよ、そう約束して外に出た。咲来の悲しそうな声が聞こえたが、ここで歩みを止めるわけにはいかない。
追手が来る前に、何とかしなければ。
近くの公園の前に差し掛かった。黒い影が一斉に飛び出してくる。追手に見つかった。木々が生い茂っており、死角が多かったのだ。
対抗策は一応ある。研究所から持ち出した、自分の研究の産物と飛び道具。
手早く、懐から薬液が入った注射器を取り出し、自身に打つ。
咲来に使われたのと同じ薬。あの時、心の底から恨んでいた薬を今、咲来を守るために使う。
一時的でしかないが、サイキック系の能力を使えるようになり、相手の武器をことごとく無力化していく。問題があるとすれば、薬効が切れやすく、すぐに打たないといけないことぐらいだろうか。
注射を繰り返しながら相手を無力化し、やがて静けさを取り戻した。
ようやく終わった、と安どしていると鋭い痛みが体を突き抜けた。
一人だけ、虫の息ではあるが生きていたのだ。
咄嗟に近くにあった空の注射器をなげ、相手を沈黙させる。これでもう起き上がってこないだろう。
先の戦闘と銃弾のせいで臓器がかなりやられていたのだろう。血が止まらず、視界が回っていた。
自分がどこにいるのかさえ、よくわからない。
ふらふらと歩いていると、その先に懐かしい顔が見えた。
嗚呼、ようやく会えた。懐かしい顔に向かって手を伸ばすと、届く前にそれが消えた。
投与した薬物が見せた幻。この薬の副作用だった。
それに気が付き、私は嘆いた。やっと、三人でいられると思ったのに。ちゃんと助けられたと思ったのに。
また幻が現れる。
追手が咲来を陵辱し惨殺している。咲来はここにはいないと、あれは幻だと頭ではわかっていたが、それにあらがうほどの気力もなかった。
世界は、最後の最後まで救ってはくれないらしい。何かにぶつかり、もたれかかると最後のアンプルを取り出した。これを使う時は、咲来を助けてからと決めていたが、仕方ない。
覚悟をもって、それを刺し薬液を体内に押し込む。
あと数分で私の意識は消えるだろう。このログを最後まで見てくれた君に感謝する。
咲来、今パパが迎えに行くから……。
寂れた小さな公園で、男が世界を恨みながら横たわっていた。
周辺には針の折れた注射器が散乱し、蜘蛛が見つめている。
きっと天国へ行けるね。またいつか。
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