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愛されたかったよね。
「咲来、君だけでもどうか」
そういって、けいすけは私を逃がした。いつもの、優しい声で。
物心ついたときから、白い空間にいて、辛いことをいっぱいされて。薬もいっぱい投与されて、変な装置につながれて。辛くて逃げたかった。けど、逃げ場なんてなくて。
白い服を着た大人たちには、お前が普通じゃないから、ちょうのうりょくしゃ? だからここに売られたんだって言われた。
意味はよく分からなかったけど、私が普通じゃないのはわかってた。
普通の人は、自分が動かずに物を浮かせられれないし、飛ばすことも、動かすこともできない。みんなできないといっていたから、きっと私だけのものなんだろうなとぼんやり理解していた。
白い服の人たちはとても冷たくて、やめてって言ってもやめてくれなかった。
でも、けいすけだけは違った。けいすけは、すごく優しくしてくれたし、いろんなことを教えてくれた。とっても優しくて、だいすきだった。
嗚呼けど、不思議だったのは周りの大人が私を番号で呼ぶのに対して、けいすけは私を何故かさくらと呼んでいた。ずっと不思議で、けいすけに聞いても答えてくれなかったから、ほかの人に聞いた。そしたら、けいすけの消えたたむすめの名前だということを聞かされた。
その日から私は反抗するようになった。私はけいすけのむすめじゃないし、影を重ねないでって。それでもけいすけは困ったような顔で笑っていつも通り優しくしてくれた。寂しそうな、感情を眼鏡の奥の瞳に隠しながら。
けいすけは、嘘が下手だから全部お見通しだったけど。
足を床にだらしなく伸ばして、膝にのっけたけいすけの亡骸の頭をそっと撫でる。
冷たい。いつも優しく包み込んでいてくれたぬくもりはすでにない。
あの日、白い部屋の世界が赤くて熱いのに包まれたとき、苦しくて約束を破って部屋を出た。部屋の外では、顔が見えない真っ黒い集団と、白い服の大人たちが戦って、死んでいった。
狙いは私だったらしい。なんかよくわからない言葉を話しががら、乱暴に腕をつかまれた。反撃したかったけど、怖くてできなかった。
なすすべもなく連れされられそうになった時、けいすけに助けてもらった。いっぱい怪我していたのに、私を連れてここに来た。
事が済めばまた迎えに来るからと。
結局、迎えになんか来なかった。
としょかん、とか呼ばれる綺麗なガラス容器が置かれた場所に私を置き去りにして。
最初は気にせず待っていたけど、だんだんいやな予感がしてきて探しに行った。どこを探せばいいかわからなかったから、いろんな人にけいすけの特徴を伝えて、見かけなかったか聞いた。
そうしたら、ぼろぼろのお爺さんが近くの古びたこうえんに似た人が横たわっていると聞いて見に行った。
けいすけは、針の折れた注射針に囲まれいた。
優しい藤色の瞳は、ガラスみたいで、何も写さず生理食塩水のようなものをこぼしながら倒れていた。
「迎えに来ないから、探しに来たよ」
声をかけても反応は帰ってこない。悔しくて、目から零れそうなものをこらえながら、けいすけを抱えてとしょかんに戻った。
それ以来、ずっと床に座り込んでけいすけを抱えたまま動いていない。もしかしたら、けいすけが起きちゃうかもしれないから。
でも、そろそろ起きて話がしたい。
何度も起こそうとしても、起きてくれない。目を開けたまま動いてくれない。
「けいすけ……」
けいすけ、早く起きてよ。また、いろんなことを教えてよ。お腹もすいたし、一人で起きているのもう、やだよお。
ねえ、けいすけ。起きてよ。おきてよ、……。
一人が寂しくて、辛くて。もう嫌だった。
「ひとりにしないで……」
パン!
無意識にカラフルな瓶を全部割ってしまった。
破片は無常に美しく、わたしとけいすけを囲んでいた。
嗚呼、もう何もかもどうでもいい。破壊しかできぬ私はもう、けいすけがいないなら意味がない。
鋭くて、大きい破片を力強く握りしめて動脈めがけて突き刺し、抉った。けいすけが起きないなら、私も眠る。
ゆめのなかでいいから、ほんとうのことおしえてよ。けいすけが、いつもうそついてたのしってるんだから。
けいすけのむすめがいきていて、なくなくけんきゅうにさしだしたことも。そのむすめをあんじて、ずっとみまもってたこともしってる。
だから、ちゃんときかせてね。けいすけ、ううん、っ……。
窓のない図書館の一角。カラフルなガラス片に囲まれて倒れている親子がいた。
天井にぶら下がった蝙蝠はどこか寂しげにそれを見ていた。
愛されたかったよね……。よかったね……。
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