陸の章 悪霊

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「そうでしたか。諭一郎さんは薩摩――すなわち鹿児島の出であると」 「そうですね。僕は下級武士の家なので、薩摩軍にも従事していました」 「それで、龍馬さんが暗殺された場所で取材をしていたら――突然龍馬さんがあなたの肉体を介して此の世に現れた。そういうことで間違いないですね?」 「間違いないです」  僕は、靖さんに対してこれまでの経緯をすべて説明した。靖さんは、納得した顔を見せていた。それから、僕に対してある質問を投げかけた。 「一般的にこのような現象は『口寄せ』と呼ばれることが多いのですが――諭一郎さんの家系は特にそういう特異な家系でもなさそうですね」  僕は質問に答えた。というか、今のところ否定しか出来ないのだけれど。 「そうですね……。僕は――武士の家系であること以外に変わった家系ではないようです」 「でも、稀に特異体質としてそういう『憑き物』が発生してしまうという可能性も考えられなくはない。それがたまたま諭一郎さんの肉体だった。私は――そうやって考えています」  矢張り、憑き物なのか。確かに――龍馬さんの霊なら成仏出来ずに此の世を彷徨っていてもおかしくはない。しかし、なぜ僕の肉体を介したのだろうか? 流石に靖さんも「それは分からない」と言っていた。  深まる謎を考えつつも、僕は坂本家へと戻った。坂本家に戻ると、乙女さんが布団と夕餉を手配していてくれたらし。宿代が浮いた。 「こんな時間まで、どこに行っていたんでしょうか? 夕餉が冷めてしまいました」 「すみません。ちょっと色々とあって。多分、乙女さんには分かってもらえないでしょうが――僕は以蔵さんと決闘したんです」 「以蔵さんと決闘した!? それって、どういうことなんでしょうか?」 「手掛かりを得ようと思って神社に行ったら、突然黄金髑髏が輝き出したんです。そうしたら――中から以蔵さんの悪霊が出てきました。仕方がないので、僕は以蔵さんと戦って――勝ちました」 「そうでしたか。あの黄金髑髏は――矢っ張り以蔵さんのものだったんですね。でも、どうして以蔵さんの頭蓋骨だったんでしょうか?」 「多分、真言立川流を復興させようと目論んでいる誰かが、以蔵さんの頭蓋骨を回収して曼荼羅と金箔を施した。僕はそう考えています」 「高知にそういう集団がいるんでしょうか?」 「うーん、それが分からないんですよね。考えられるとすれば――土佐勤皇党の残党でしょうか。しかし、土佐勤皇党は田中光顕さんを除いてほとんど壊滅したと聞きました」 「そうですよね。でも――明治になったといえども、まだこの世の中は混沌としています。だからこそ、政府転覆を狙う組織が現れてもおかしくはないと考えているんです」 「それで、高知にはもう用事はないんでしょうか?」 「ありませんね。ここで一泊したら――東京に戻ろうと思っています」 「そうですか。名残惜しいですが、仕方ないですね。――そうだ、また、此方にもいらしてくださいね?」 「分かっています。高知にはいつでも来るつもりです」  乙女さんと話を終えて、僕は湯船につかった。しかし――悪霊か。いくら文明開化が進んだと言えども、矢っ張りそういう前世紀的な現象を信じている人間はいるのだろうか? 多分、いるのだろうな。  湯船から上がって、僕はそのまま意識を微睡(まどろ)ませた。なんだか、疲れたな。
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