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目が醒めると――横浜港が見えていた。僕は慌てて船から降りる準備をした。横浜から汽車に乗って、新橋まで向かう。そして、東都日日新聞の本社へと向かった。
「編集長! ただいま戻りました!」
「増澤君、その様子だと土産話はたくさん聞けそうだな。君の記事、期待している」
「分かりました!」
僕は、机の上に向かって原稿を書き始めた。目で見た事実をどう受け取るかは読み手次第だが――恐らく、大半の読み手は僕の記事なんて信じてくれないだろう。しかし、僕は事実として記事を書いていく。
記事が書き終わったのは――夕刻を過ぎた頃合いだった。
「増澤君、ご苦労だったな。そうだ――牛鍋を食べにいかないか? もちろん、私の奢りだ」
「そうですね。ここは精力を付けましょう」
そう言って、僕は浅草の牛鍋屋へと向かった。牛鍋屋は、美味しそうな匂いで満ちていた。
編集長が、僕の猪口に酒を注ぐ。
「それにしても、今回の取材は長期間に及んだな。その分――得たものも多いだろう」
「もちろんです。それで――もしかしたら、この明治政府を転覆しようと目論んでいる勢力がいるかもしれません」
「それは本当か!?」
「編集長、声が大きいです。とにかく、このままでは――明治政府そのものが破壊されてしまいます。それを防ぐためには、坂本龍馬の力が必要なんです」
「しかし、坂本龍馬は既に此の世にいないはずでは……」
「それが――どういう訳か、僕の肉体を介して生き返ったんです。彼が言うには『政府転覆を狙う組織は真言立川流の集団』だということです」
「そうは言うけど、真言立川流は邪教だ。徳川の世の時に壊滅したはずだ」
「それは、この黄金髑髏を見ても言えますでしょうか? もっとも――黄金髑髏の主は既に僕の手で成仏させたんですけど」
僕は、編集長に件の黄金髑髏を見せた。
「これは……」
「龍馬さんに黄金髑髏の主について聞いた所――これは間違いないなく岡田以蔵の頭蓋骨だそうです」
「岡田以蔵って――あの人斬り以蔵! そういう事をするのは――高知の人間でしょうか?」
「そうだと思います。もしかしたら――土佐勤皇党は、まだ生き残っているかもしれません」
「土佐勤皇党か……。私も彼らには手を焼いたが、残党が生き残っているとすれば事態は大変なことになる」
東都日日新聞の編集長は――上総、すなわち千葉の出だ。会津に近い関係で、幕末の世に土佐軍とはどこかで戦っているはずだ。僕は、編集長からその時の詳しい話を聞くことにした。
「――戊辰戦争は、無駄な戦いだったと思う。私でさえ『勝ち目がない』と思っていたぐらいだ」
「そうですか。そういえば――土佐勤皇党は『尊皇攘夷』を志していましたよね」
「その通りだ。当初の尊皇攘夷は所謂佐幕運動だったが――いつの間にか倒幕運動の方へと傾いていた。その先鋒が、武市瑞山だったと言われている。それは知っているな?」
「武市瑞山――そうか、そういうことか!」
「急にどうしたんだ?」
「なんとなく――政府転覆を狙おうとする輩の目的が分かりました」
「それは本当か!?」
「本当です。僕――いや、龍馬さんが止めないと大変なことになります」
「そうか。――幸運を祈る」
それから、僕の長きに渡る戦いが始まろうとしていた。
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