漆の章 残党

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漆の章 残党

 土佐勤皇党――その名の通り、彼らは土佐の地を拠点にした政治結社だ。坂本龍馬や岡田以蔵も土佐勤皇党の一員であり、当初は佐幕を目的としていた。しかし、「佐幕は手遅れ」だと言うことに気付いた彼らは――倒幕運動へと舵を切るようになった。その急先鋒が、武市瑞山である。武市瑞山は土佐勤皇党が壊滅した時に投獄され、そのまま命を落とした。そして、土佐勤皇党はそのまま壊滅したはずだった。  そういえば、高知で僕は乙女さんから気になることを聞いた。それは、高知を牛耳ろうとする秘密結社の存在である。彼らは――髑髏本尊を持ち歩きながら真言を唱えているらしい。 「それで、その髑髏本尊は以蔵さんのものとはまた別のものなんですか?」 「そうですね。これは私の仮説に過ぎないんですけど――その秘密結社は火葬場から頭蓋骨を拾い集めているんじゃないかと思っています。そして、その頭蓋骨に曼荼羅と金箔を施して黄金髑髏を完成させる。流石に、ふしだらなことをしながら黄金髑髏を作っていないとは思いますが――もしかしたら、秘密結社は真言立川流の信者の末裔かもしれません」 「なるほど。これは手帖に書いておこう」  仮に、その秘密結社が真言立川流の信者の末裔だとしたら――彼らは宗教を利用して政府転覆を狙っているかもしれない。そんな事、あってたまるか!  やがて、牛鍋屋から出ると――白頭巾(しろずきん)を被った集団に出くわした。白頭巾の集団は何やら呪文のようなものを唱えている。 「これって、増澤君が言っていた集団じゃないのか」 「あの集団は高知での話ですし、別の集団だと思いたいですが――先頭の人は黄金に光る髑髏を持っていますね。もしかしたら――何か関係があるかもしれません」 「しかし、本当に宗教を利用して政府の転覆は狙えるのかね?」 「今は『警察』というものがありますからね。そんな簡単に政府は転覆しないはずですが……」  そんな話をしながら、僕は「ええじゃないか」という騒動を思い出していた。確か、ご一新が起こるちょっと前だっただろうか。その騒動は、近畿地方を中心に神札をばら撒きながら「ええじゃないか」と喚き立てていたらしい。所謂「民衆の扇動」だろうか。彼らは、別に政府の転覆を狙ってはいなかったが――一歩間違えば、暴動の末に彼らが政府を掌握していたかもしれない。  白頭巾の集団を追っていると――僕はある人物の肩にぶつかってしまった。その人物は――サーベルを携えながら煙草を吸っていた。 「コラ、前を見て歩け」 「すみません……あなたは――誰ですか?」 「俺は――斎藤一(さいとうはじめ)だ。新選組の三番隊組長といえば分かるだろう。新選組が解散した後、俺は明治政府に雇われた。ただ――それだけの話だ。ところで、お前は誰だ?」 「僕は、増澤諭一郎という者です。東都日日新聞で新聞記者をやっています」 「新聞記者か、中々面白いじゃねぇか。――お前、あの白頭巾の野郎を追っているのか?」 「そうですけど――斎藤さん、もしかして白頭巾の集団について何か知っているのでしょうか?」 「ああ、彼らは『彼の法集団』と名乗っている。危険思想の持ち主なんじゃねぇかと思って政府でも唾を付けているんだ。もっとも――今は政府に対して危害を加えてないがな」 「なるほど。――そうだ、僕と協力してあの集団を追うことは出来ないでしょうか? 僕も少し気になっていたので……」 「どういうことだ」 「斎藤さんは、坂本龍馬を知っていますよね?」 「もちろん、知っている。京都でも――彼とは喧嘩に明け暮れていたからな」 「それで――僕の中に、死んだはずの坂本龍馬の魂が宿ってしまったみたいで……」 「そんな眉唾な話、あるのか」 「あるんですよ。その証拠に――」 「言わんでも分かる。その手に握られているのは拳銃だろ」 「こ、これは……」  後に知ったことだが、この拳銃は坂本龍馬の遺品だったらしい。確か、「すみすあんどうぇっそん」とかいう米国(アメリカ)の会社のものだったか。とにかく、この拳銃が――僕のお守りとして活躍してくれることになるなんて、この時は思ってもいなかった。
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