漆の章 残党

2/3
前へ
/67ページ
次へ
 斎藤一という協力者を得た僕は、早速白頭巾の集団について追うことにした。白頭巾の集団が行き着いた先は――廃寺だった。廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)によって、全国の寺院は相次いで廃寺を余儀なくされた。それらを利用して新しい宗教を興そうという運動も盛んだったのだが、その大半が泡沫(ほうまつ)に終わった。白頭巾の集団も、そういう泡沫宗教のひとつなのだろうか。僕はそう思っていた。 「こんなところから覗いて、見つからないのか」 「今は夜ですし、大丈夫だと思います」 「だったら良いんだが――無茶はするなよ?」 「分かっています」  影に隠れて善く見えなかったが、確かに白頭巾の集団は真言を唱えていた。なんというか、外国の言葉のような――そんな印象を覚えた。  微かに、吐息が聞こえる。男女が交わり合っているのだろうか。下品な話になってしまうが――髑髏本尊は、男女が交わり合うときの体液で頭蓋骨に金箔を貼り付けて完成させると聞いた。言われてみれば、男女が交わり合う末に生まれるのは、新たな生命である。髑髏本尊は――新たな生命に対する比喩(ひゆ)なんだろうか。 「なんだ、(ねや)を覗き見てんのか?」 「いや、これは閨なんかじゃない。強烈なお香の匂いからも分かるが――これは髑髏本尊を完成させるための儀式だ」 「なるほど、儀式か。面白いじゃねぇか」 「斎藤さん、もしかして閨を襲う気ですか?」 「いや、そんなことはしない。しかし――彼らが髑髏本尊を完成させた暁に待っているのは、政府の転覆だろうな。髑髏は――不吉な存在だからな」  斎藤一の考えによると、彼らは政府に対して「くうでたあ」というものを起こそうとしているんじゃないかという話だった。すなわち、政府を暴力で屈させるつもりなのか。そんなこと――あってはならない。 「俺は、『暴力で幕府を屈させる集団』を取り締まってきた。それは土佐勤皇党だって同じだ。しかし、その時点で幕府は既に力を失っていた。いつ壊れてもおかしくなかったんだ。結局、徳川慶喜が『暴力に頼らない方法』、すなわち無血開城で徳川の世を終わらせたが――正直俺としては不本意だった。俺には――剣しかなかったからな」 「斎藤さん、そんなことはないと思いますよ? 斎藤さんは――政府に拾われたじゃないですか」 「ああ。政府は『警察』という新しい組織を作るべく奔走しているところだ。『警察』は、日本の治安を維持するための組織らしい。俺も、『警察』という組織に雇われるのだろうか」  斎藤一は、後に警視庁の警察官になって東京の治安を守ることになる。しかし今はまだ――その時ではない。
/67ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加