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捌の章 覚醒
その夜。僕は改めて廃寺へと向かった。矢張り、曼荼羅の下で怪しげな儀式が行われている。この儀式が髑髏本尊を完成させるための儀式だとして――彼の法集団は何を考えているのだろうか? もしかしたら、この日本という国を真言立川流という邪教で埋め尽くしてしまうのか。
そんなことを考えていると、僕の中の龍馬が話しかけてきた。
「なんだか、面白いことになっちょるき。わしも付き合うぜよ」
僕は、龍馬の言葉に答えた。
「ああ、そのつもりだ。編集長にも――そのことは言われている」
「編集長? なんじゃ、それは」
「新聞というものを書くのには――責任を全うする人間が不可欠だ。編集長は、そういう位置の人間に当たる」
「なるほどなぁ。勝海舟とか、武市半平太とか――そういう重役のような人間かえ」
「その通りだ。彼がいなければ、新聞というものは発行できない」
「おまんの話は、興味深いぜよ」
しかし――僕は失念していた。龍馬という人間は、顕現しない限り僕以外には見えない。彼の法集団の僧侶が、此方へと向かってきた。
「拙僧の領域で、お主は何を喋っているんだ!」
僧侶は、錫杖を持っている。その杖で僕を殴るつもりだろうか。
「す、すみません……」
「まあいい。拙僧は――この混沌とした世の中を仏教で変えたい。そうだ、お主も拙僧と一緒にこの世の中を変えたいと思わないか?」
「僕は、そんな事は思っていないです。むしろ、戊辰戦争の時に比べたら――マシだと思っています」
「そうか。拙僧は『廃仏毀釈』で行き場をなくした僧侶故に、今の政府には不満しかない。だから――拙僧は政府に向けて宣戦布告を行いたい。そのためには、失われた密教である『真言立川流』を復活させるのだ」
「それで何かが変わるのか?」
「――分からない」
この僧侶は、真言立川流がどういう教えだったのかを分かっているのだろうか。真言立川流は、淫らで、不吉で、邪悪な宗教だ。だから――徳川幕府から弾圧された。しかし、少なからず真言立川流を信仰している人間がいるのも事実だ。彼らは政府に対して何を思っているかは知らないが、少なくとも彼らが「政府の転覆」を狙っているのは間違いない。
僕は、改めて僧侶に質問をした。
「あなたは、僧侶である事をを自覚している。故に――あらゆる宗教について知っているはずだ。どうして、邪教の復活を目論んでいるだ」
「真言立川流が邪教だと!? 無礼者ッ!」
「その様子だと――本性が出てしまったようだな。仕方がない、ここは武力を行使するしかないな」
僕は、刀を抜いた。相手も、刀を抜く。どうやら――この僧侶は生臭坊主のようだ。
「真言立川流復活のためなら、俺は手段を選ばないぜ。かかってこいッ!」
本当はこんな事をしたくない。けれども、相手に挑発されてしまった以上は――その命を奪おう。
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