壱の章 発端

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 取材の際に持っていった手帖(メモ)を読み返すと、僕はある事に気付いた。――実際の坂本龍馬は、本当に英雄だったのだろうか? 薩摩軍と長州軍の間で同盟を結んだことを考えると、僕からしてみれば英雄だ。しかし、幕府軍――特に会津藩からしてみれば彼は大悪人である。ここは――中立的な立場で物事を考えるべきか。そんな事を考えながら、僕は布団の上に転がった。――なんだ、この気は。背筋から寒気がする。まさか、あの黄金髑髏から放たれる気だろうか。後ろを振り返ると――黄金髑髏が、僕を蔑むように嘲笑っている。僕は、幻覚を見ているのか? 「おまん、誰じゃ?」  黄金髑髏が――喋っている? 僕は思わず黄金髑髏に話しかけた。 「だから、おまんは誰じゃ?」 「ぼ、僕は東都日日新聞の増澤諭一郎という者ですが――あなたは、坂本龍馬の幽霊?」 「残念ぜよ。わしは――生きているき」 「いや、あなたは明治維新を前に亡くなったと聞きましたが……」 「それは――幕府のデマゴーグじゃき。わしは、おまんの中で生きているき」 「ど、どういうことですか?」  その時だった。僕は――目眩がした。なんだか、僕の中にもう一人の僕がいるような――そんな感覚を覚えた。気づくと――洋装を着ていたはずの僕は、黒い袴に身を包んでいた。脇には刀が差されていて、手には拳銃が握られている。僕は――坂本龍馬になってしまったのか? そんな事を思っていると、頭の中で声が響いた。 「――漸く、わしは解放されたぜよ」  それが、この黄金髑髏の正体だったのか。つまり、黄金髑髏には坂本龍馬の生霊が閉じ込められていて――解放されるのを待っていた。そんなところか。僕が坂本龍馬に成り代わったところで、何が出来るというのか。 「僕は、何をすればいい?」 「おまん、新聞記者と言いよったな」 「それがどうしたんですか?」 「わしは、この世の中をもっと見てみたいがじゃ」  旅館の仲居さんが駆け付けてくる。当然、この部屋に僕以外はいないはずだ。僕は――大きな独り言を言っている。 「どうされましたか? 気でも()れましたか?」 「いや、なんでもありません」 「その格好――どう見ても坂本龍馬ですけど? もしかして――生き霊でしょうか? 陰陽師を呼びましょうか?」 「その必要は――ないぜよ」 「わわっ」 「諭一郎さま、矢っ張りおかしいです! 陰陽師を呼びますから、待っていて下さい」  確かに――僕は「坂本龍馬」という幽霊に取り憑かれている。だから、陰陽師に祓ってもらって当然だろうか。しかし――このままお祓いしてもらったところで、また取り憑かれるかもしれない。色々考えても仕方がないので、僕は思い切って「もう一人の僕」と話をすることにした。 「これから、どうすればいい」 「ここから――逃げるぜよ」 「逃げるんですか? 龍馬を善く思わない人物が紛れ込んでいたらどうするんですか?」 「心配ないき。わしがなんとかしちゃるき」  無意識のうちに――僕は荒れ果てた京の都を駆け抜けていた。まるで――誰かに操られているような感覚を覚えていた。そして――気付いたら僕は壬生寺(みぶでら)の前にいた。 「――さて、復讐の時間じゃき」    僕は、どうやら坂本龍馬の復讐へ付き合わされることになってしまったようだ。
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