弐の章 怨念

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 翌日、僕は護国神社へと向かった。龍馬は――そこの墓地に埋葬されていると聞いたからだ。それにしても、立派な墓だな。まあ――土佐藩から考えたら英雄だし、墓もきちんとしたモノを作ってもらわないといけないか。――あれは誰だ? 僕は赤い着物を着た女性に対して声をかけた。 「あなたは――誰ですか?」 「私は、お龍です。『坂本龍馬の妻』と言えば――分かるでしょうか?」 「どうしてそんな場所にいるんですか?」 「私は――龍馬さんのことが忘れられません。だから、こうやって毎日参拝しているんですよ」 「なるほど。――そうだ、龍馬さんのことについて、詳しく取材させてもらえないでしょうか?」 「もしかして――あなたは新聞記者でしょうか?」 「そうです。『東都日日新聞』という新しい新聞の記者です。あっ、名前を申しておりませんでしたね。僕の名前は増澤諭一郎と言います。今後ともお見知り置きを」 「こんな場所で立ち話をするのもなんですし――とりあえず、この近くに新しく出来た茶屋へと向かいましょう」 「そうですね。その方が――ゆっくりと話せますよね」  護国神社の近くの茶屋は、とても賑わっていた。この時期は――矢張り団子と冷たい甘酒が人気だろうか。僕は甘酒を、お龍さんはお茶と団子を注文した。手帖を取り出して、僕はお龍さんに対して取材をしていく。寺田屋での騒ぎのこととか、療養を兼ねた薩摩旅行のこととか、龍馬の死についてのこととか――とにかくお龍さんには根掘り葉掘り聞いていった。  それから、取材を終えた僕はお龍さんを見送った。お龍さんの顔は――なんだか寂しそうだった。愛する人を(うしな)うということは、そういうことなのだろうか。僕には――そういう伴侶を持ったことがないから、善く分からない。それはともかく、旅館に戻った僕は――手帖に書いた資料を元に記事を書くことにした。  記事を書いていると――また頭の中で声が鳴り響いた。矢張り――僕の中には龍馬の霊が取り憑いているのか。 「あれが、わしの妻じゃき」 「どうして――出てこなかったんだ」 「わしは『死んだ』人間じゃき。今更、姿を見せるわけにはいかんぜよ」 「それはそうだけど――龍馬にとって、お龍という存在は何だ?」 「そりゃ――大事な『ぱあとなあ』ぜよ」 「ぱあとなあ――つまり、伴侶か。そういう外来語には疎いが――龍馬の言いたいことはなんとなく分かるような気がする」 「そうぜよ。わしにとっての伴侶はお龍さんぜよ」  ぱあとなあ――後で知った話だが、英語における「partner」とは配偶者とか、相棒とか――そういう「二人一組」という意味を持っているとのことだった。僕は齢32歳にもかかわらずそういう存在がいない。いい加減――お嫁さんとなるべき人物を探さなければ。
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