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肆の章 以蔵
岡田以蔵――悲劇の人斬り。土佐勤皇党において用心棒として活躍して、京の都で「人斬り以蔵」として恐れられていた。しかし、政府に捕らえられた後、残酷な拷問を受けて打首の刑に処された。晒し首は――土佐の地に送られた。――僕が知っている岡田以蔵に関する情報はこんなところだろうか。
「龍馬にとって、以蔵さんはどんな人物だったんでしょうか?」
「以蔵はなぁ――冷酷で、人を殺めることしか考えていなかったぜよ。わしがおらんかったら、以蔵は京の都を血祭りに上げていたかもしれないき。まあ、今となっちゃなんとも言えないき」
「そうですよね。しかし――打首の時に晒された首が、何らかの形で黄金髑髏になって、京の都に流れ着いた。そういうことは考えられないんでしょうか?」
「それは――わしにも分からんぜよ。少なくとも、わしは黄金髑髏に関わっちゃおらんき」
「なるほど」
この時点で、坂本龍馬という人物が真言立川流の信者だったという線は消えた。しかし――黄金髑髏の謎は残るばかりである。仮に黄金髑髏の主が岡田以蔵だとしたら、その怨念が龍馬を明治の世へ顕現させたことになる。他に――当時の状況を知る生存者はいないのだろうか? 僕はりんさんに「土佐勤皇党の関係者」を調査してもらうことにした。すると、「この近くにそういう人物がいる」と言われた。なんでも、神戸に田中光顕という土佐勤皇党の生き残りがいるとのことだった。これは、取材を申し込むしかないか。
京都から神戸までは、馬車で1日ぐらいかかった。堺の宿場町で休みを取りつつ、僕は神戸へと向かうことにした。
神戸の地は、東京の華やかさとはまた別の華やかさを持っていた。江戸幕府の開国に当たって、横浜と神戸の港が外国に向けて開港したとは聞いていたが、矢張り神戸という地が異人との馴染みが良いのか。僕の目に映るもの全てが新鮮に見えた。――そんなことに現を抜かしている場合ではない。田中光顕に会わなければ。僕はりんさんから受け取った手帖を元に、兵庫県庁へと向かった。
「すみません。僕は東都日日新聞の増澤諭一郎という者です。田中光顕さんに取材を申し込みたいのですが……」
「ああ、光顕さんなら――ちょうど岩倉使節団から帰ってきたところだ。なんでも、陸軍省へ勤めることが決まっているらしい。もしかして、その事に対する取材でしょうか?」
「いや――岡田以蔵に関する取材です。あの時、土佐勤皇党で何があったのかを調べているんですよ」
当然、あの黄金髑髏が岡田以蔵のものであるということは隠してある。多分――田中光顕の前だと隠す必要もないだろうけど。
「なるほど。一連のご一新が正しかったとは言い切れませんからね。ご一新を善く思わない人間もいた訳ですし……」
「そういう訳で、田中光顕さんに対して取材を申し込みたいんですけど、出来ますでしょうか?」
「大丈夫ですよ。光顕さんは――こちらの部屋にいます」
扉を開けた先には――立派な洋装を纏った男性がいた。彼が、田中光顕だろうか。
「新聞から取材を受けるなんて――私も鼻が高くなったものだ。それで、どんな用事だ」
僕は――質問に対して正直に答えた。その際に、懐から件の黄金髑髏を取り出した。
「実は――この黄金髑髏に対して見覚えがないのかを聞きに来たんです」
「これは、紛れもなく以蔵の髑髏だな。しかし――なぜ金箔が施されているんだ?」
「恐らく――土佐勤皇党の誰かが、真言立川流の教えに則って以蔵さんの髑髏に金箔を加工したんだと思います」
「なるほど。しかし、私はそういう宗教には無頓着でね……」
「そうですよね。ですが、この黄金髑髏の中に坂本龍馬の魂が封印されているとしたら――どう思いますか?」
「そんな眉唾な話――面白いじゃないか。龍馬は近江屋の騒ぎで惨殺されたが――その時に何らかの形で黄金髑髏が龍馬の懐からこぼれ落ちた。そして、龍馬の魂が黄金髑髏の中に入った。だとすれば、君のその格好も納得がいく」
「はい?」
田中光顕と話をしているうちに――僕はまた坂本龍馬に肉体を乗っ取られてしまった。
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