一報

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一報

 一郎の遺体は形ばかりの葬式の後金昌寺に葬られた。 八重子はずっと一郎のお墓から離れられなかった。 まるでそれが八重子に課せられた任務かのように、いつまでも立ち尽くしていた。  節は身重な八重子を心配していた。 一郎が死んだあの日、無我夢中でとった八重子の行動にみんな感動した。 流産することだって有り得た筈だ。 節はあの時以上に八重子が苦しんでいるのではないかと感じていた。 そして節は、そんな八重子を誇りに思った。 節は改めて、八重子を嫁に選んでくれた息子に感謝していた。  八月十三日。 秩父は月遅れのお盆だった。 八重子は一郎の新盆のため、親戚の家へ手伝いに行っていた。 一郎のあどけない遺影が、八重子の胸を打った。 自分のいたらなさを詫びようと、八重子は手を合わせた。 でもいくら話しかけても一郎は何も言ってはくれない。 それでも八重子は話しかけた。もう一度会いたいと。  八重子は祭壇の前にあった胡瓜の馬と茄子の牛を見つめていた。 この二つには意味があった。 家に帰る時は、胡瓜の馬に乗って一刻も早く家族の元へと来てほしい。 お墓に戻る時は茄子の牛に乗ってゆっくりと。 そんな思いが込められていたのだった。  その時、八重子の元に吉報が届けられた。 孝一の消息が分かったのだった。 孝一は、熊谷の病院にいるということだった。 熊谷駅からさほど遠くない、鎌倉町にある病院へお見舞いに行っていた人が偶然孝一を見かけ、声を掛けて確認したとのことだった。  「それで孝一さんの具合には? 怪我は?」 たまりかねて八重子が聞く。 病院にいると聞いては、じってしてはいられなかった。 「孝一さんは戦艦に乗って戦地に行く筈だったんだって。ところが乗り込む寸前にB29の襲撃を受け、大勢の人が死んで行ったんだって。孝一さんは命からがら逃げ出して、必死に暗い海の中を泳いだそうよ。奥さん、気をしっかり持って聞いてね。孝一さんね、左腕がないらしいの。爆撃でやられてしまったらしいわ」 その言葉を聞き、八重子の目に涙が溢れていた。 どうりで手紙が来ない筈だ。八重子は手紙が欲しいと望んだ自分を責めていた。 「八重子さん、何をしているの。ここはいいから早く四番下へ戻ってやって」 おばさんの声で、八重子はハッとした。 八重子はもう一度一郎の遺影に手を合わせた。 そして急かされるようにすぐに四番下へと戻って行った。 勿論、孝一のいる熊谷へ向かうためだった。  浅見家に戻った八重子は取り乱していた。 「こ、こ、孝一さんが……」 焦ってなかなか次が出てこない八重子は荷造りを始める。それを見ていた節は八重子を落ち着けようと体を抱いた。 「孝一さんが熊谷の病院にいるらしいの」 八重子はやっと言った。 「今から行くつもり?」 その言葉に頷いた。 でも、両親は反対した。 身重な嫁を、息子から預かった大事な嫁を、送り出すことは出来なかったのだ。  家族でよく話し合った結果、久が熊谷に行って様子を見てくることになった。 秩父から熊谷までおよそ十五里。大人の足でも丸一日かかる。 足に障害を持つ久がはたしてたどり着けるか不安だった。 でも久は、孝一と八重子、ためにやらなくてはいけないと決めていた。
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