第3章 銀朱祭り

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 ウェイルはクラッドと少女姿の魔王と共に、大学に戻った。  既に状況を把握していたらしい妃達はダンスをやめていて、青年姿の魔王と共に学生達と歓談している。  ウェイルが近付くと、妃達は周りを取り囲む学生達の輪をするりと抜けて、ウェイルの元にやって来た。 「お帰り」  優しく瞳を細める妃の微笑は、やはり輝くように美しかったが、この微笑みが魔王のものなのだと思うと、ウェイルは少し苦しくなった。  だが、どうにか微笑み返して言う。 「只今戻りました。どうもありがとうございました」  ウェイルに続いて、クラッドも感謝の言葉を述べると、妃は笑顔のまま言った。 「力になれて良かったよ。それでは、私達はそろそろお暇しようかな」  その言葉を聞いて、すかさず妃達を引き留めようとした学生達を、クラッドが大喝する。 「いい加減にしろ! ご婦人方をこんな寒空の下に引き留めようだなんて、お前等には人の心がないのか!」  女性に対して随分と不誠実な振る舞いをしてきたクラッドに、「人の心」云々などと言われたくないだろうなと思ったものの、ウェイルは敢えて何も言わなかった。    クラッドに先の台詞を言う資格があるかどうかはともかく、「妃達を引き留めるべきでない」という点には同感だ。  これ以上、学生達の馬鹿騒ぎに付き合わせるのは申し訳ない。  そもそも杖の盗難に関して、妃達は全くの無関係なのだから、尚更だった。    ウェイルは学生達の残念がる声を聞きながら、魔術学部の教員達の方へと歩を進める。  そうして首尾良く事が運んだことを教員達に報告すると、感謝の意を伝え、帰宅したい者には帰ってもらうことにした。  年配の者も多いので、夜通し学生に付き合うのは辛いだろう。  残る学生達は、自分とクラッドが監督すればいい。    教員達がウェイルに背を向けると、魔王は術を解いたらしく、一部の学生達も帰り始めた。  ウェイルはクラッドの元に戻ると、問いを口にする。 「皆様方をお送りしてくるから、少しだけ抜けても構わないかな?」 「ああ。こっちは大丈夫だから、行って来い」 「ありがとう。すぐに戻るから」  ウェイルはそう言うと、魔王達と共に魔術学部棟へ向かった。  扉を開けて魔王達を通してから、最後に扉をくぐって閉めると、少女姿の魔王が足を止めて、ウェイルを振り返る。 「見送りならば、ここで十分だ。これ以上遠くまで、足を運ぶこともないだろう」 「お心遣い、ありがとう存じます」  魔術学部棟の裏にも出入口はあるし、中に入った魔王達がそのまま戻って来なくても、誰も不審には思わないだろう。 「お会いできて光栄でした」  ウェイルは妃に、心からそう言った。  もう二度と会うことは叶わないだろうし、もし会えたとしても、この淡い想いが通じることは決してない。  今この時に、完全に区切りを付けることはできないが、それでも終わりにしなければならなかった。  ウェイルは、己の恋心を葬るために言う。 「どうぞお元気で」 「あなたも。お休み」 「お休みなさいませ」  ウェイルは笑顔を作ったが、鏡を見なくても上手く笑えていないことがわかった。  辛くても笑うことには慣れているつもりだったのに、恋愛経験が乏しいせいかも知れない。 「また明日会おう。ではな」  少女姿の魔王がそう言うと、魔王達の姿は綺麗にその場から消失した。
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