第31話 約束は守る

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第31話 約束は守る

 一応、足が痛いフリをして教室に戻った僕は、丸井に一言詫びる。  鈴音ちゃんや相馬、新崎さんが僕を心配そうに見ている。  僕は頷きだけ返すと席に着いた。  英語の授業が終わると三人が集まってくる。 「何かあったのか?」――と相馬がすぐに聞いてきた。 「わからない。けど、渚が三村の抱えてる問題に首を突っ込んで、何かあったように見えた。あと、スマホを貸してきた」 「鈴代さんをそのままにしてきたの!?」――新崎さんが声を荒げる。 「ああ。渚も最初は青い顔をしてたけど、スマホを貸してくれと言ったときにはあの強い彼女だったよ」 「どこまで信じ合ってんのよあんたたちは」――鈴音ちゃんが呆れて言うので微笑んで見せた。 「とにかく、渚は何かやるつもりだ。何かしてくれとは言われなかったけど、何もしないでと言われた訳じゃない。SHRが終わったら二人の様子を見に行くんで、その……誰か手伝って」 「水くさい事いうなよ瀬川」 「あら、私もそれ一度言ってみたかったのに相馬は空気が読めないわね」 「Himenoに投げとくわね」  コミュニティに投げるのかよって思ったけど、まあ何でもいいや。  自分一人でなんとかならないかもしれない時は一人でも助けが欲しい。  ◇◇◇◇◇  迎えの来た山咲さん、それから用がある奥村さんは帰ってしまったが、コミュニティ:Himenoの他の顔ぶれは皆、放課後残ってくれた。そして保健室に向かうと案の定、渚と三村の姿はなかった。東條先生に聞いても6時間目の終わりに教室に戻ったということしかわからなかった。 「とりあえず、行きそうなところを探すしかないか」 「文芸部の方にも聞いてみるわ」――文芸部員でもない鈴音ちゃんが早速文芸部コミュニティに投げる。 「じゃあ今居る北館の西棟は私と澄香で回るわね。そのあとは東棟に」――新崎さんが早速向かう。 「俺たちは昇降口を確認してから南館に」――と、相馬とノノちゃん。 「僕ら三人は学食とか宿泊棟とか体育館周りを」――鈴音ちゃんと姫野に言って移動を始めた。  ◇◇◇◇◇ 「文芸部の皆が東棟は探してくれるって。新崎にも言っておく」  学食の方は購買を除いて締め切られていた。宿泊棟も利用者が居ない以上は締め切られている。周囲も上履きで行ける場所は確認をした。相馬から、昇降口に渚と三村の靴がまだあると聞いたからだ。二人は校内のどこかに居る。  体育館へ向かおうとすると、鈴音ちゃんから待ったがかかる。 「あんたのアカウントから動画……じゃなくてライブ映像が送られてきてる」  鈴音ちゃんのスマホを覗き込むと、ほぼ真っ黒の画面から声だけ聞こえてくる。 『失礼します』――ノックの後に渚の声が入る。 『おう、やっと来たか。鍵は閉めとけ』――男の声がした。誰だ? 『スマホを返してください。帰りたいので』 『鈴代、お前わかってないようだな』 『鈴代には手を出さないって約束だろ』――三村の声? 『どうしてもやめてはくれないんですか』 『おお? さっきと違ってずいぶんと威勢がいいじゃないか』 『こんなことして……恥ずかしくないんですか?』 『俺に向かって説教するな! 別にこんな仕事、明日やめたって困りはしないんだよ』 『三村さんに手を出したら警察に通報します』 『すりゃいいだろ。その代わり、こいつの動画はバラまいてやるからな』 『鈴代、それだけはやめて……』――やっぱり三村の声だ。 『お前は黙ってそこで見てろ!』  キャッ――っと短い悲鳴が上がる。――程なくして画面が明るくなる。  人は映っていない。どこかの部屋。出入口と縦長のロッカーがいくつか見える。  他にもポットや茶箪笥、微妙に生活感のある部屋。宿直室?  いや、でも鍵がいくつも並んだ鍵かけがある。  相手は誰だ? 渚は何で名前も場所も教えないの。 「体育教官室だ」  鈴音ちゃんが顔を上げて言った。 「鈴音ちゃん、案内して! ――姫野、みんなに伝えて」 「こっち」 「うん、任せて」  鈴音ちゃんが先導して走りだす。 「講堂の横に更衣室あるでしょ、その並びの奥がそう」 「わかった!」  僕は鈴音ちゃんを置いて走った。  更衣室のところで曲がり、奥まった場所に体育教官室はあった。  扉に辿り着こうとする直前、その扉が開く。  渚だった。渚が左手をぎゅっと胸のところに当てて僕のスマホを握っているのが見えた。右手でドアを開け放ったところで僕と目が合う。 「渚!」 「たい――」  そのまま飛び出してくるかと思った渚は、背後から伸びてきた手に襟首を掴まれ、後ろに引き倒される! 「スマホを渡せ!」――男の声。いや、直接聞いて分かった。坂田の声だ! 「このクソ坂田!!!」  部屋に飛び込んだ僕は、頭を抱えて仰向けに倒れた渚に今まさに襲い掛からんとする坂田のケツを蹴り上げた。  ギャッと声がして、坂田は尻の穴の辺りを抑えて仰け反る。  うずくまる坂田を躱した渚は、立ち上がって部屋の奥に消える。 「渚!」  僕の勇ましい彼女は、部屋の奥からシャツがはだけた三村を、彼女の友達を連れ出してきた。何のことは無い。ちょっと考えればわかるじゃないか。あの姫野さえ受け入れた僕の彼女が、僕の恩人たる三村を受け入れないはずがない。  僕は上着を脱いで渚に手渡すと、渚は三村にかけてやった。  鈴音ちゃんも追い付いてきていた。 「あなたのやったことは録画しました。彼女の盗撮を全部消してください」  三村の盗撮。あの姉ナントカに関わった彼女は、価値観も、おそらくは情緒もおかしくなっていた気がする。学校でマズいことをしでかしていた可能性もある。 「オレは別に辞めたってな、いいんだ……お前らみたいな尻軽にナメられてたまるか。若いうちから男とヤりまくってるくせに」  そこに新崎さんと宮地さんが息を切らしてやってくる。さらには相馬、そしてここから程近い文芸部の部室からは文芸部の皆が。さらには人が増えるにつれ、放課後に偶然通りがかった生徒が何の騒ぎかと覗きに来る。  人が増えるにつれ坂田の顔が引きつってくる。 「消してください!」 「わ、わかった。今消す。すぐに消すからその動画も消してくれ」 「そちらが消したら消します」 「――ほら、消したぞ」  坂田は僕たちに動画フォルダを見せてくる。  僕と渚は目を合わせて頷く。 「じゃあこれも消します。二度と三村さんに関わらないでください」  そう言って、渚も動画フォルダから消した。 「太一くん、三村さんの上着と私たちのスマホ、返してもらって」 「ああ」  僕は部屋に押し入り、三村さんの上着を回収し、坂田に言って二人のスマホを受け取る。渚のスマホは画面にヒビが入っていた。それを見るだけでも痛々しい。渚が辛い思いをしていたと考えると胸が張り裂けそうだった。  ◇◇◇◇◇  三村の服を整え、涙を拭って上着を着せた渚は、彼女の手を取って歩き出す。  文芸部のみんなは鈴音ちゃんがお礼を言って解散して貰ってた。  樋口先輩があとで詳しく聞かせてと言っているのが聞こえる。 「佳苗ちゃん、ごめんね。辛い事させて」 「ううん。私こそごめん、酷いことばっかり言ったのに。最低なのに」  涙声の三村さん。 「勉強の方もがんばろ」 「無理だよ、そっちは……」 「今からでも頑張ったら間に合うから。反省して、お母さん喜ばせてあげるんでしょ?」 「うん……」 「太一くん、私このあと三村さんを家まで送って行こうかと思うんだ。だから……」 「ついていくよ」 「でも――」 「何にもできなかったんだから、それくらいさせてよ」 「そんなことない! 太一くんはちゃんと来てくれた」 「うん」  渚に危険なことはやめてとは言えなかった。これは坂田を欺くための企みじゃない。たぶん、三村を納得させるためなんだ。じゃなきゃ危険を冒してまでこんなことはしないだろう。僕に相談して通報するなりすればいいだけの話なんだから。彼女は三村との約束、――おそらく口止めだろう――を守ったうえで、坂田の企みを挫きたかったんだ。  ◇◇◇◇◇  翌日の木曜日の朝、三村は登校してきていなかったが渚には連絡を寄越してきていた。坂田は逮捕されたのだそうだ。三村の家に連絡があったという。三村はこれから事情を話すために母親と警察に行くらしい。坂田の自宅のパソコンからは三村の盗撮動画が見つかったらしいが、三村が恐れていた動画の拡散は無かった。 「当然です。警察には坂田が自宅に帰るところを張り込んで頂きましたから」  なんていきなり話に入ってきたのは山咲さん。山咲さんはあの動画を見るなり、家族に相談して手を回してくれたらしい。ひと段落した学校ではなく、坂田が三村を襲う動画を証拠に自宅前で捕まえて貰ったそうだ。どこに顔が利くんだよ山咲家は。 「えっ、琴音が帰るから私もいいかなって思ったのに……」 「奥村さんは用があったんでしょ? 気にしなくていいから!」 「私だけ何もしていない……」  ちょっぴりショックを受けていた奥村さん。渚の慰めにも落ち込んだまま。  友達のために何かしてあげたいって人ばかりで、今回は本当に助かった。  そのことを皆の前で話し、もちろん奥村さんもと伝えると、彼女は照れくさそうにはにかんだ。  ◇◇◇◇◇  金曜日。三村は登校してきた。渚の席で渚や新崎さん、宮地さんや鈴音ちゃんと何やら言葉を交わしていた三村は、しばらくして僕の隣の自分の席までやってくると、いつものように挨拶もなく座った。 「ありがと……」  ぼそっと呟かれた言葉は聞き逃してしまうくらい小さかった。  彼女を見ると、こっちを向いていなかったけれど目が潤んでいたのが分かった。 「助けてくれたお返しとしては大したことはできなかったよ」 「……」 「僕の彼女は三村を友達って呼んでた。彼女がその友達を守ろうと頑張っただけ」 「私のこと、友達なんて言ってたのか」 「僕の彼女は凄いだろ?」  三村は何も答えなかった。すぐに笹島と萌木に取り囲まれたからだ。 「かなたんどしたー? 昨日学校までサボってたじゃん! 連絡つかないから心配したぞー」  笹島が三村を撫でまわしつつ、こっそり三村の涙を拭ったのが見えた。 「ごめん、昨日はちょっとスマホ使えなくて。それよりさぁ七虹香、勉強教えてくんない? ちょっと恥ずかしいんだけど、その……進学クラス落ちそうでヤバくてさ。夏乃子も数学得意だったよね?」 「数学は得意だけど文系教えるの苦手」 「あたしも現国とかは苦手だわー。古文は好きだけど。英語もほどほど」 「現国と英語なら得意な()()がいるんだ」 「へぇえ、男じゃなくて?」 「男じゃなくて」  そう言った三村の顔は綻んでいた。
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