7人が本棚に入れています
本棚に追加
「いよいよね」
私がそう言うと、みんなは頷いた。
いよいよ、魔王城に突入だ。
「……って言っても、あまり実感がないのですが……皆さん、とてもお強すぎて、こころなしか次のページめくった瞬間に最終決戦だったような」
「だって、もうすぐ夏休み終わっちゃうじゃん。これでも手間取ったほうだよ」
「ええ……打ち切り漫画の最終回レベルで速かったですけど……」
勇者はそういうものの、これでも腕が落ちた方なのよね。
プロの討伐者たるもの、ひのきの棒ではじまりの町から一瞬で魔王城にいけるぐらいの実力は持っておかなきゃ。
「それチートって言いませんか!?」
勇者がそういうけど、ちがいます。『強くてニューゲーム』です。ゲームと違って、今までの経験値を引き継いだまま、あらたな魔王を倒しに行ってるだけです。
「でも、かえって腕が落ちてよかったのかも。あなたも強くなれたし、なにより高校最後の夏、そこそこ楽しかったんじゃない?」
「あ、はい……私、海外旅行とか行ったことなかったので、知らない土地に行けたのは、よかったです」
勇者はほほえんだ。この素直な感性、魔王に見習ってほしい。
やっぱり、若い時に外国に行くことはいいことね。異国どころか異世界だけど。知らない土地を知ることも大事だけど、自分のフィールドじゃないところで、アウェイ感を感じることは、今後の人生を豊かにする。これ実話。あら私、真面目な大人みたいなこと言ってるわ。
それに夏休みなんて、学生時代ぐらいだものね。ちゃんと楽しめてよかった。
「じゃあ、そろそろ日常にもどりましょうか。高校生の母親というのも、忙しいものだし」
夏の終わりは、なんだかさみしくなる。
でも、終わりのある仕事というのはすばらしい。
日常はいつだって、終わりのない仕事に追われているのだから。
私たちは、魔王城の門へ向かった。
「え、魔王様ですか? 今バカンスでいらっしゃいませんが……」
門番のことばに、私たちは絶句した。
「……バカンス?」
「はい。いま、魔王城は働き方改革をしてまして」
「働き方改革!?」
どういうこと。
魔王は年中無休じゃないの? いつだってバトれるのが魔王じゃないの!?
主婦なんて、年中無休時給ゼロ円だっていうのに!?
お前だけは、立場はちがえどおなじ苦悩を分かち合える存在だと思ったのに――!?
「……盗人! 呪術師! 勇者!」
「は、はい!」
「行くわよ! 夏休みは終わりであることを、魔王に突きつけなきゃ!」
私の言葉に、門番はギョッとした顔になった。
「お、お待ちください! 魔王様は、ようやくバカンスを得られたのです! この日のために、ありとあらゆる仕事をこなされて――!」
「黙れ小僧! お前を永久の夏休みにしてやろうか!!」
「ひぃぃぃ! 人間怖い! 邪悪! 人の休暇を邪魔するなんて、とんだブラックだぁぁぁ! 第一社会人としてアポとってから来なさいよぉぉぉ!」
「うるさい! みんな暇じゃないのよ! 魔王なんて、スキマ時間に退治するぐらいのスケジュールなのよ!」
「あんた魔王をシール貼りのバイトか何か思ってんのか!?」
「魔王を退治しても、日常が忙しいのよ! 夏が終わっても日常が続くのよぉぉぉ!」
こうして、我々はバカンス中の魔王を突き止めることにした。
私たちの戦いは、これからだ!!
【完】
最初のコメントを投稿しよう!