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息子の受験が終わった最初の夏、私は息子にこう宣言した。
「お母さん、この夏バイトするわ」
「バイト?」
「そ。だからこの夏は、自分のことは自分でやってね。大丈夫。あなたならなんとかなるわ」
そう言うと、息子はすんなりと了承した。年齢的に、反抗期真っ只中のはずの息子は、とても素直だ。
「それはいいけど、何時に帰ってくるの? メシとか何時くらいに準備しとけばいい?」
「いらないわ」
「外食するってこと?」
「まあそういうことになるかな。というか、家に帰ってこないかな」
「泊りがけの仕事ってこと?」
「うん。お母さん、異世界に行ってくる」
「……………は?」
「異世界に行って、魔王討伐してくる」
その後、息子が冷静にスマホを取り出して、検索エンジンに『認知症 妄想』など打って調べ始めた。
見た目は冷静、中身はパニックになっている息子をなんとか宥めて、私は説明する。
「異世界の国『ニンゲン・ノ・クニ』では、魔王による侵略がすごいらしくてね。お母さん、勇者のパーティーに入ることになったの」
「信じられないよ……そんな中二病の妄想みたいなこと。あったとしても、怪しすぎじゃんか。行くなよそんなバイト」
「大丈夫よ。ちゃんとハロワのやつだから」
はいこれ求人票。そう言って渡すと、今度こそ息子は頭を抱えた。
「マジだ……マジの求人票だ……」
「お母さんの妄想じゃないって、信じてくれた?」
「け、けどさ。母さん、普通の主婦だろ? わざわざ、そんな危ない仕事選ばなくても」
「あら、言ってなかったっけ? 母さん、元勇者なのよ」
「……え?」
「ちなみにお父さんは、今はベンチャー企業の社長やっているけど、その前は魔王よ」
「俺、勇者と魔王の子どもだったの⁉」
あら、それも言ってなかったかしら。
「あなたが生まれる前まで、私は勇者として、数多の人間世界を救ってきたわ。ある時は人間側の方が悪いパターンもあったから、人間の国をこらしめたこともあった。お父さんの場合は、明らかに人間の方が悪かったパターンね。ちなみにお父さんの会社の人たちは、半分ぐらいが魔族よ」
「ちょ、ちょっとまって。高校生初めての夏休みを前に、情報量が多いんだけど」
「とにかく。お母さん、これでもプロなの。安心して。二学期が始まる前に帰ってくるわ」
最初の聞き分けの良さから一転、しばらくしぶっていた息子だったけど、私が言っていることに嘘がないことがわかったのだろう。
「……異世界に行ったら、連絡は難しい? やっぱ」
「大丈夫よ。ちゃんとエックスでポストするわ」
「異世界でもSNS使えるのかよ‼」
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