第40話

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第40話

 柊は、寝室に机と椅子を持ってくるとそこにパソコンやタブレットを開いて、仕事を始めた。まるで僕を監視して、片手間に仕事をするかのように。  液晶画面から外れた視線が、まっすぐ僕を射抜いてきて、ぶるりと身体が震えた。怖くて、目を固くつむり、身体を抱きしめて布団の中でうずくまる。頭は相変わらず血液が通る度に強く痛むし、身体は怠く、胃がむかむかと気持ち悪かった。とにかく僕は、体調が治る頃には、柊も昨日のように明るくて優しい彼に戻っていることを祈るしかなかった。それしかないのだ。僕に出来ることは。 「っ、ふ…ひーちゃん…」  耳元に熱い吐息がかかり、そのむず痒さに目を覚ました。重い瞼で細く目を開けると、辺りはすっかり暗くなっていて、ほんのりと温かい間接照明が光っているのがわかった。右手に違和感があって、瞼を開けようとするが、そこに唇が吸い付いてきて、開けるタイミングを逸してしまう。 「あっ、あ…ひーちゃん…ひーちゃん…」  かすれたバリトンは色香をまとって、僕の鼓膜を揺らす。明らかに、柊の様子がおかしい。しかし、顔中に何度も唇が吸い付いてくる。何が起きているのかわからなくて、怖くて、瞼を開けることが出来ない。  その時、右手を何か熱く、粘着質な液体をまとったものが撫でた。右手は、かさついた彼の手のひらに包まれて、熱い棒を握らされている。それが上下に擦られると、ぬちゅ、ぬちゅ、と粘っこい水音が寝室に響く。 「あ…、ひーちゃん…」  下唇を強く吸われると、手のひらに肉棒の先端がぐりぐりと押し付けられる。熱いそれは、ぴくぴくと反応しながら、さらに硬度を増していた。  これ…、僕は、一体…。  わからない。何が起きているのか。  耳元では相変わらず柊の吐息がかかり、その度に、ぞわぞわと首筋が粟立つような感覚が起きる。 「あー…好き、好きだよ…ひーちゃん…大好き…」  ぐじゅ、ぐじゅ、と手を動かす速度がどんどん早まっていく。この居心地の悪さに、僕は、なんか既視感を覚え始めていた。そんな訳ない。こんな経験、僕はしたことないはずだ。  ひたり、と胸元に手のひらが宛がわれる、いつの間にか、パジャマは開けさせられているらしい。くに、と胸も先端を指先が寝かすように押しつぶすと、思わず肩が、ぴくん、と小さく跳ねてしまった。 「ひーちゃん…かわいい…」  その反応に気を良くした柊は、柔らかい声色で囁き、また僕にキスをする。うっすらと開いた唇に舌を入れて、歯列を一本ずつ舐めるように丁寧にくすぐられる。その間も、指先が器用に円をかきながら先端に近づいて、すり、と優しく撫でられると腹の奥がびりびりと刺激される。 「ひーちゃん…寝ててもかわいい…好き…」  ちゅ、と唇を吸うと、輪郭や顎先、首元を順に降りていくようにキスを降らせる。谷間にも吸い付かれて、待ち望んだかのように勃ちあがった乳首が大きな口に含まれる。 「んうっ…」  たまらなくて、背中をしならせて声が出てしまった。唇が乳首から離れて、唾液で濡れた先端が外気でひんやりと冷えていくのと同時に指先から血の気が引く。  どくん、と大きく心臓が跳ねる。気づかれてしまっただろうか。  くすくす、と柊が楽しそうに笑う。 「ひーちゃんは、寝てても敏感だもんね…」  懐かしい…  柊はうっとりとそう囁いてから、今度は反対側の乳首に熱い舌を這わせる。乳頭を味わうかのように、舌で舐め上げられて、ちゅっちゅ、と赤子のように吸われる。  懐かしい、とはどういうことだろうか…。  やはり、僕の既視感は、気のせいじゃないのかもしれない。  そう思うと、どんどんそんな気がしてくる。  ひーちゃん。  そう囁かれた記憶が最近ある。それは、図書室で… 「あー…、だめだ、久々だから、もうイク…っ」  思慮に浸っている間に、柊は熱棒をする手の速度を上げていく。手のひらの中で、彼のたくましいペニスが、血管を浮き立たせて、どくん、どくん、と蠢いているのを感じて、一気に身体が冷えていく。瞼をきつく閉じて、絶対に見ないようにする。背筋に冷たい汗が噴き出て気持ち悪い。 「あ…イク、っ…ひーちゃんの、おっぱいにかけちゃうよ…っ」  きし、とベッドが動くと、柊は僕に跨って、ペニスの先端をぬりゅりゅ、と僕の谷間に擦りつけた。すると、勢いよくその先端から、熱い液体が飛び出してくる。  びゅっ、と勢いよく飛び出た精液は、大量で、僕の顎に当たり、もう一度吹き出してくると、顔にぱしゃぱしゃとかかった。前髪にもかかった感覚がある。半開きだった口の中にも少量入って、青臭く思わず眉間に皺がよってしまう。睫毛にもかかっていて、気を抜くと目の中に入ってしまいそうで固まった表情筋のまま柊に気づかれないようにするしかなかった。  くちゅ、くちゅ…、と何度か僕の手を使いながら、擦り上げながら、滑った張り出した傘の部分で、僕の胸元を左右にゆっくりとなぞっていく。敏感な乳首を彼の肉棒の先端でこねて白濁をこすりつけてくる。そこをいじられると冷えた身体は、簡単に火照りを取り戻してしまいそうになる。反対側は乳頭の周りをくるりくるりと撫でられて、背筋がぞぞぞと耽美に痺れた。 「あー…本当たまんない…」  またベッドが鳴ると柊は、僕の唇にペニスの先端を入れた。反射的に唇を閉じると、それに柊は喘ぎながら、遅れた精子が少量、口内に流し込まれた。苦味に耐えていると、とん、と頬に何かが落ちてきた。引きずるように頬を撫でて、ぬちょ、と先端をこすりつけられて、顔に落とされたものが柊の肉棒だと知らされる。 「ああ…ひーちゃんの可愛い黒子、汚れちゃったあ…」  欲望滲む声でつぶやいて柊は、そこを親指で塗り込むように撫でつけてきた。  やはり、以前にもこうしてされたことがある。頬がぴくぴくと嫌悪に反応する。 「前までは薬使って眠らせないとできなかったけど、今は僕の奥さんだもんね…いつだってしてもいいんだもんね…」  はあ、と熱い溜め息をついて、柊は僕を抱きしめた。吐き出された精液が、柊との間でねちょりと嫌な音を立てる。  前までは…とは、どういうことだろう。  僕が、柊と性的なことをしたのは、あの図書室での時ははじめてだったはず。それに、薬って…。  起き上がって聞いてしまいたいけれど、それを聞いても僕には逃げ道がない。少しの勇気が出せずに、僕はやっぱり眠ったふりを続けるしかなかった。 「ひーちゃんは僕の奥さんだから、僕の望みはなんだって叶えてくれるよね」  柊の精液がついて僕の唇に、彼はうっとりと口づけを交わす。 「ひーちゃん…大好き…」  そして、また、柊は眠った僕の上で自慰に耽り出す。  いっそ眠ったままであれば、どれだけ良かっただろうと恐怖で眠ることの出来なくなってしまった僕は、柊が僕に異常な執着を持っていることに気づいてしまった。  次の日から、柊は僕を部屋から出さないようにした。  何か必要なものがあれば、柊が持ってくるし、手洗いなどは実は寝室の奥の扉にすべてを完備させたユニットバスがあり、そこで行われた。  退屈しないようにと本を与えられたが、好きな作家の最近出た本ですでに読んだことがあり、すぐに時間を持て余してしまった。広いベッドの上で僕を抱き寄せながら、パソコンで何やら英文のページを読む柊に提案をした。 「ね、ねえ、柊」 「なあに、ひーちゃん」  隣の柊を見上げると、柊はパソコンに目を向けながら、僕の毛先を遊ぶように撫で続けた。 「僕、この前みたいに、テラスでお茶が飲みたい」  そう伝えると、柊の指先がぴたり、と動きを止める。パソコンを閉じた柊は、瞼を降ろしてひとつ深呼吸をしてから、にこりと冷たい笑みを貼り付けて僕に向き直った。 「なんで?」  あまりにも冷たい一言に、一瞬息を飲んで固まってしまう。 「なんで、って…えっと…最近、ずっとこの部屋にいるし、たまには外の空気も吸いたいなって…」  必死に言葉を繕って柊に伝える。きゅう、と指先を握りしめて、細められた冷たい瞳を見上げながらなんとか言葉を尽くす。それに対して柊は、ふーん、と適当にあしらってから、その笑顔のまま続けた。 「そういって、誰に会うつもり?」  予想だにしなかった柊の一言に、どういうこと…と言葉がつまってしまう。柊の口角は上がっているがひんやりとした空気が彼から醸し出されているように感じる。 「ひーちゃんのこと助けた執事? それとも仲良さそうに話してた女の方? まさか、あのおじいちゃん先生じゃないよね?」  はは、と乾いた笑い声を柊は上げ、膝を叩くが、柊の声はあまりにも鋭く冷たかった。目の前の男が、一体何を考えているのか一切予測が出来ず、全身から汗が滲んでいく。 「何いって…」  恐怖で固まっていると、柊は瞳をぎらりと光らせてから、僕の顎を掴んだ。そしてまた、不敵な笑みを貼り付けて、僕の瞳を見つめながら囁いた。 「じゃあさ、項、噛ませてくれたらいいよ」  見開いた瞳が、かすかに揺れて、頭ががん、と殴られたような衝撃に襲われた。 「僕、ベータだよ…」 「ひーちゃんは、僕の運命だよ?」  何を言っているのか本当にわからなくなってきた。  柊は、僕にベータであることは関係ないと必死になってプロポーズをしてくれた。あの時の、エメラルドの瞳を潤ませて頬を染めた人間らしい青年は、見る影もなくなっていた。顎を掴まれたまま、小さく顎を横に振る。 「違う、僕は、ベータだよ…」 「じゃあ、首輪でもいいよ」  仕方ないなあ、と言わんばかりに柊は眉を下げて溜め息をついた。そして、長い指先で、首を撫でる。びく、と急所であるそこを目の前の冷たい瞳のアルファに触れられて肩がすくんだ。その無垢な反応に、柊は満足そうに眼を細めて、頬をうっすらと赤らめた。 「ひーちゃんは僕のだっていう証明が欲しい」  鈍く光る緑の瞳から、柊の考えは一切見ることが出来なかった。  柊は、かすれた声で囁いて、僕の唇をゆったりと味わい、嬉しそうに微笑んだ。 「ひーちゃんもずっとここにいたから飽きたよね」  ごめんね、と柊が優しく僕の頭を撫でた。和らいだ空気に、ほ、と肩の力が抜けて、どれだけ身体が緊張状態にあったのかを実感する。指先までゆっくりと血が巡っているのをじんわりと感じていると、柊はお茶にしようと僕の手を引いて立ち上がった。 「あの執事たちは全員辞めさせたから、安心だしね」 「…え?」  部屋のドアを開けた柊だったが、僕が足を止めてしまったので、同じく立ち止まって僕に振り返る。柊は、驚いて固まっている僕のことを心底不思議そうに首をかしげて見ていた。セットされていない柊の赤毛がふわ、と動く。 「なんで…」 「だって、ひーちゃんに色目使ってたし?」  そんな訳ない。  僕が体調を崩して、すぐにあの人たちは対応してくれた。そこに、性愛的な色なんか一切なかったし、むしろ柊への尊敬が滲んでいた。柊のことを思っているから、僕を大切にしようとしてくれていた。 「あの人たちは、柊のこと、すごく大切に思ってたよ…?」  震える唇を動かして、情けなくかすれた声で柊に伝える。  しかし、柊は僕の手を握り直して、逆方向に首をかしげて、ぱちぱちと瞬きをした。 「それとこれとは別でしょ? それに、ひーちゃんは誰もを魅了する魔性のオンナなんだから…」  僕をずっと好きだったと真摯に訴えてきた青年はどこへ行ってしまったのだろうか。  柊は、胡乱な瞳で僕を見下ろして笑んでいた。僕は、目の前の男が、訳の分からないものに見えて、一気に恐怖に襲われて、一歩下がる。しかし、握られた手はきつく握られてしまい、痛みに瞼をきつく降ろす。そして、あっと思った時には、強い力で身体を引かれて、厚い胸板に押し付けられて抱きしめられてしまう。 「本当に僕は心配でたまらないんだよ? 毎日、ひーちゃんが浮気してないか気が気でならないんだから」 「そ、そんなわけ…」  もう僕には、柊しかいないのに。  もともと友達はいなかった。その唯一の友達が柊だった。  両親もいなくなった。なぜなら、柊がそうさせたから。  気づいたら、僕は柊の手の中から逃げ出せなくなっていたのだ。  柊は、僕の髪の毛に高い鼻梁を差し込んで深呼吸をする。 「ああ…やっと、僕のひーちゃんの匂いになった」  小さく恍惚とつぶやいた柊の一言は僕には聞こえない音量だった。きつく抱きしめ直すと、柊は僕の耳朶を甘く噛んで、舐めた。そして、低くうなるように囁いた。 「ひーちゃんは僕のだって、遺伝子に刻み込みたい。一生僕から離れられない誓いが欲しいんだ…」
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