五 秋山恵留

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 あたかも子象を思わせる巨体だが、体型的には鵺に似ていなくもない。だが肩の盛り上がり方から、猪よりは水牛を思わせる体型だ。ただ牛に見えないのは、毛がほとんど抜けて皮膚がただれているからだった。そしてその頭部には、やはり鵺と同じように能面のような人に似た赤い顔がくっ付いていた。鵺が男顔だとすると、この怪獣は女顔だった。  ――まるで怒りを抑えきれず鬼になった女……  体のただれた部分からどろりとした粘液のようなものが滴り、それが地面に落ちる度に臭気が増す。  急に怖くなった。恐怖とは違う怖さ。まるで誰かに責められたり叱られたりした時のような類いの『怖さ』だった。 「ひいっ」  黒だけの穴のような目と向き合った恵留は、その場にへたり込むと、泣きながら命乞いをした。 「ごめんなさい、ごめんなさい。どうか赦して、見逃して」  なぜか許しを請わなければ、この場を去れないような気持が込み上げ、「ごめんなさい、ごめんなさい」と繰り返し頭を地面にこすり付けずにいられなかった。  突然、自分の中に仕舞いこんでいた古傷が掻き出され、後悔と懺悔が胸の中を渦巻く。走馬灯のように瞬時にそれらの思い出が脳裏に再現され、忘れようとしていた記憶が恵留の心を支配した。
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