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一 中田翔哉
「麻耶ー、翔哉君が来てくれたわよー」
中田翔哉は鏑木家の玄関先で、幼馴染が二階から降りて来るのを待っていた。
(どうせ、『行きたくない』とか言うんだろうな)
駄々をこねる幼なじみの顔を想像していたら、その本人がおぼつかない足取りで二階から降りてきた。
「ぶふふ」
つい吹き出してしまう。
「なに笑ってんのよ」
現れた麻耶は、潔くパツンと切り揃えたボブをかき混ぜるようにして整えている。
年頃の男子の前だというのに、タンクトップとショートパンツという無防備な寝間着姿のままだ。そこはまあ、彼女らしい無頓着さだ。
「髪の毛、跳ねてる」
笑いながら指摘したのがまずかったのだろう。猫のような黒目勝ちな目で下からじろりと睨まれた。
玄関の上り框の上にいるというのに、長身の翔哉よりもうんと目線が下にある小柄な麻耶が、顎を上げて唇を突き出した。
「行きたくないんだけど」
ほらやっぱり――と、再び込み上げる笑いをなんとか押しとどめ、諭す。
「ダメだよ。今日は行こう。この遠足でクラスの親睦を深めなきゃ」
今日は校外学習という名の、遠足だった。
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