八章 脱出作戦

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 三人は、洞窟の入り口付近に陣取って輪のように座った。  自然に波風で削れたのか、島の子供がどこかから転がしてきたのか、椅子とテーブルになりそうな手ごろな大きさの石が転がっていたのだ。  颯斗と志帆は前園家でもらったおにぎりを、雄大は島のコンビニであるところの売店で買った総菜パンを頬張りながらの「作戦会議」になる。 「ゆう君、フェリーで帰るんでしょ? チケットを買ってもらって、それを颯斗さんに渡せばこっそり乗れるんじゃないかと思ったけど」 「ああ、昨日言ってたやつな」  颯斗とメッセージを交わした前か後かは分からないが、志帆は雄大ともやり取りをしていたらしい。島の同年代の若者同士なら、もともと連絡手段を確保していても当然だっただろう。  志帆の言葉に頷きながら、けれど雄大は意味ありげに言葉を切り、にやりとした笑みを浮かべる。洞窟の暗がりの中、白い歯がちらりと光るのが眩しかった。 「──それよりも、全く別の手段の方がバレないんじゃないか?」 「別の、って……?」 「フェリー、拓海も乗るんだぞ? 最後の見送りで人が来るだろうし、こっそりなんて難しいだろ」 「あ……」  雄大が言うのは、つまりは拓海の遺体が、ということだ。雄大の友人、颯斗の身代わりのように白波に誘われ、そして死んだ学生のことを思って、颯斗は声を詰まらせた。痛ましく思うだけではなく、後ろめたさによってなにも言えなくなってしまったのだ。 「でも、そこをどうにかしないと……!」  雄大は、島を脱出するための策を既に思いついているのだろうか。  思えば、崖下で顔を合わせた時から自信ありげではあったけれど。志帆が焦れたような声を上げるのに対して、雄大は笑みを深めてぐっと顔を近づけた。余裕を見せつけるような態度は、子供の時と同じなのかもしれない。多分、颯斗をはやし立てて海に飛び込ませた子供の中に、彼もいたのだから。 「行きは、前園さんが船を出したんだって? それなら、何もフェリーにする必要はないってことだ」 「え……でも、乗せてくれる人なんて──」 「ゆう君、操縦できるの?」  颯斗に比べて、志帆の方がやはり理解が早かった。颯斗がまさか、と思う間に、島の若者ふたりはぽんぽんと言葉を交わしている。 「見よう見真似だけどな。皆、多少は走らせてもらったりとか、あるだろ」 「でも、本土までは何時間もかかるよ? 方角とか燃料とか……ゆう君だって外海の経験なんてないでしょ?」  至極もっともに聞こえる志帆の指摘にも、雄大は退かなかった。真剣な眼差しが志帆と颯斗を交互にとらえ、決断を迫る。 「要は、島の奴らに捕まらなければ良いんだ。そりゃ、怒られるだろうけどな。本土のでも、別の島のでも、漁船に保護してもらえれば逃げられる……!」  雄大の真剣な眼差しを受けて、颯斗はごくりと唾を呑んだ。  島の脱出という一点に絞れば、それもひとつの策だと思えなくもない。でも、颯斗には飛びつくことはできなかった。そしてそれは、雄大の操縦の腕も、恐らくは違法な──船舶免許の点からも、窃盗という意味でも──ことに関与してしまうからというだけでは、ない。 「……そこまでしてくれるのは、ありがたいと、思うけど……」  弱々しく答えた颯斗を、雄大は鋭く()めつけた。即席の石の椅子から腰を浮かし、少し高い位置から叱りつけるように問い質してくる。 「自分のことだってのは分かってるよな? こんな田舎に永住したいとか思ってないよな? 志帆にも関わることだし……俺の操縦が怖いのはまあ分かるけど、どっかで思い切らないと、なし崩しに流されるぞ!?」 「分かってる……うん、分かってる」  雄大も、志帆と同様に颯斗が比彌島での暮らしを歓迎しないものと決めてかかっているようだった。  確かに、普通はそうなのだろうと思う。都会の賑やかさや便利さ豊かさは、手放したくないものなのだろう。  でも、颯斗ははっきりと帰りたいとは言えない。両親や、大学の友人、バイト仲間の顔も浮かぶのだけど、どこか遠い昔の思い出のようにぼやけている。代わりに、というか──海が、彼の心を占めている。  青く深く底知れず、波の音と潮の香りで誘う。何なら残っても構わないのだとは、志帆を思うとやはり口にはできないのだけど。 「あんたの人生だぞ!?」 「でも……島の人たちの人生もかかってる、でしょ!?」  勇気を振り絞って、颯斗はお前のためだぞ、という雄大からのプレッシャーを跳ねのけた。セがいないと海が荒れる、漁にも影響があると聞かされて、我が身だけを考えることはできないだろう。そう、これは比彌島の生活が心配だからであって、彼の我が儘ではないはずだ。  海への想いをふたりに打ち明けることはできない。海に、白波の怨霊に友人を奪われた雄大と、人生を歪められかけている志帆には。  それに──自分でも認めるのが恥ずかしいくらいだけど──この想いは、他人に言いたくない気がした。好きな人の話題を振られたのをはぐらかす時のようなもの、だろうか。そんなことの言い訳で、島の暮らしを案じるのも、きっと卑怯なことではあるのだろうけど。 「せめて……その、セの儀式に付き合ってからでも良いかな、って。気休めかもしれないけど……できることをしてからの方が、俺は気が楽、かも……」 「でも、時間が経つほど逃げづらくなるよ? 部屋を一緒にされちゃったりしたら、どうするの?」  時間稼ぎをしたい一心で必死に悪あがきを試みる颯斗に、志帆は容赦せず詰め寄ってきた。彼女の人生を持ち出されると反論しづらいのを、気付いているのだろうか。そして雄大も、細かいことを気にするんだな、とでも言いたげな表情で颯斗を見下ろしてくる。 「そんな怪しい儀式なんてしたいか? それこそ何が起きるか分からないだろうに」 「でも、それで今までやってきたって……そりゃ、今いる人たちは知らないのかもだけど」 「悪霊の機嫌取って守ってもらうって? 今までがおかしかったんじゃないのか」  吐き捨てる雄大に対しても、颯斗はすぐに返す言葉を見つけられない。白波が島を守ってきたと言っても、彼にとっては迷信にしか思えないのだろう。島を守ると伝えられる存在は、拓海を──雄大の友人を、奪っていったのだから。 「後は……その、漁船で大丈夫かな、って。セがいないと、海が荒れるって聞いたから……俺が出て行こうとしても同じことが起きるんじゃ……?」
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