はじめての友達

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はじめての友達

 だれも来ない駄菓子屋に、今日も座ってる。竹取家で起きたできごとは夢だったような気がしたけど、夢じゃなかった。僕のとなりには竹取さんが座ってる。 「ほんとに、だれも来ないね」 「うん。毎日こんな感じなんだ」  僕らはならんでレジの前に座って、棒アイスをチューチュー吸ってる。机の上に夏休みの宿題を広げてみたけど、さっきから一問も進んでない。昨日あんなことがあったのに、それを無視して宿題なんかできるわけない。それなのに師匠は、担任の先生みたいに「おしゃべりしないで、ちゃんとやれよ」なんて言って、いなくなっちゃった。 「竹取さん、本当に弟子になるの?」  いまだに信じられなくて、となりをチラッと見た。あんなに顔色悪くて傷だらけだったのに、一晩たったら、何ごともなかったかのように元どおりになってる。竹取さんは食べ終わった棒アイスの容器をきゅっと結ぶと、少しはなれたゴミ箱に投げた。ホールインワンだ。ガッツポーズで喜んでる。 「入った!」 「うん、すごいね。それで、竹取さん」  話を戻そうとしたら、わざとらしくため息を吐かれた。腕を組んでちょっと僕をにらんでる。あれ、なんでだろう。何か怒るようなことしたかな。 「あのさぁ、円」 「は、はい」 「その、竹取さんっていうの、やめてくれない?」 「え?」  竹取さんの言葉にとまどう。思ってたのと全然ちがう言葉だった。竹取さんは真剣そのものの顔をしてる。 「真宵だよ、ま、よ、い!」 「知ってるけど……」 「そうじゃなくて、真宵って呼んでくれない? 同じ弟子になったのに、なんでいつまでたっても竹取さんなんだよ」  そんなこと言われたって。僕と竹取さんは今まで同じクラスになったこともなかったし、今回のできごとで、初めて会話だってしたのに。そんないきなり、学校の人気者になれなれしくしたら、他の人達にどんな目で見られるか。 「その、まだ初めて話したばっかりだし」 「そんなの気にする?」 「だけど、他の人が聞いたらびっくりするんじゃないかな」  竹取さんは、やれやれと首を振ってる。 「円、そんなんじゃ友達できないぞ」  ぎくり、と背筋が固まる。なんで、竹取さんにそんなことがわかるんだ。 「オレと円が仲良くなることに、他の人は関係ないんだよ。オレと円がどうするか、それが大事」  僕と竹取さんが、どうするか。駄菓子屋で一緒に過ごす仲間ができて嬉しい。できることなら、仲良くしたい。 「僕は、仲良くなりたい」  素直に答えたら、竹取さんはニッと笑った。 「だろ? オレも円と仲良くしたい。そのためにはさ、まずはそうやって、苗字で呼ぶのはやめよう。もう同じ弟子じゃん」 「う、うん」 「オレは円って呼ぶから、円は真宵って呼んで」  力強く言われて、僕は「うん」としか言えなかった。名前で呼ぶなんて、気恥ずかしい。ちょっと緊張する。 「真宵」 「そうそう!」  恥ずかしくなって視線をそらしたら、そこには師匠がいた。 「おい、宿題はやってんのか?」 「師匠!」  僕らはあわてて姿勢を正してイスに座り直した。師匠は机のはじに腰かけて、僕たち二人を見下ろした。 「お前たちは、今日からここで一緒に修行だが、ひとつ、守るべきことがある」  師匠の言葉に、だまってうなずく。この駄菓子屋で、必ず守らなければいけないこと。 「この店に誰かが来たら、かならず俺を呼ぶこと」 「はい」 「わかりました」  僕らがきちんと返事をしたのを聞いて、師匠は立ち上がった。この約束だけを言いに来たみたい。もう部屋の奥に戻ろうとして歩きだす。 「師匠」  気になってたことがひとつある。師匠は眉を持ち上げて、無言で「なんだ」と返事をしながら振り向いた。 「ま、真宵のことなんだけど」  名前で呼ぶのになれなくて、まだ緊張する。となりで真宵は、うんうん、とう満足そうにしてる。師匠は僕が「真宵」と呼んだことには、特に何の反応もない。もしかしたら、気づいてないのかも。 「僕は弟子になったときに契約をしたけど、真宵はしてないよね。真宵は契約しないの?」  僕は契約したから、右目が師匠と同じ金色にずっと輝いている。真宵は昨日、煌子さんに頼まれて弟子として受け入れられたけど、契約はしてない。目も今はどっちも黒目のままだ。弟子になったら、師匠と同じ金色の目になるんじゃなかったっけ。 「そのことなら答えは、しない、だな」 「えっ、なんで」 「お前と真宵は条件がちがう。お前は魔力をもたない親から生まれてるが、真宵は魔法使いの一族だ。目の色は一族の色でもある。お前みたいな野良は、魔力をある程度扱えるようになるまで、目に色は現れない。俺の色をもってないと、無所属だとすぐにバレて連れてかれる」 「野良……」  野良なんて言われるのは初めてで、かなり複雑だ。となりで真宵がちょっと肩をふるわせて笑ってる。 「とは言え、真宵。お前の一族は、魔法使いの間じゃちょっとばかし有名だ。さらわれる可能性は充分あるから、気をつけろよ」 「はい、わかりました」  真宵の返事を聞くと、師匠は「宿題さぼるなよ」と言っていなくなった。僕らは師匠の言い付けを守って、また宿題を始める。 「あのさ」 「ん?」 「昨日、真宵の魔力を飲んだときのことなんだけど」  そう切り出すと、真宵はピンときたみたいだった。 「オレの思ってたことが、流れ込んでいった?」  やっぱり、真宵にはわかってたんだ。僕が知ってもよかった部分なのか、それが心配だった。あんなにたくさんの思いが一気に押し寄せてきて、僕はただ飲み込まれて倒れてしまったけど。知られたくないことだったと思う。 「真宵の今までの気持ちが、一気に押し寄せてきて。僕なんかに知られたくないことがたくさんあったと思うんだけど」 「それは、しょうがないよ」  真宵はあっさり答えた。上げた顔も、本当に気にしてる感じはなさそう。 「自分で止められるもんじゃないし、円だってそうしようと思ってそうなったんじゃないんだし」 「そうなんだけど、勝手に知っちゃったから、いやだったんじゃないかなって思ってて」  自分だったらって置きかえたら、きっと部屋から一歩も出られなさそう。今ごろずっと泣いてるかもしれない。真宵は「そうだなぁ」と少し考えてからシャーペンを置いた。 「そうやって気にしてくれて、うれしいよ。円が優しいから、そうやって気にしてくれるんだと思う。ありがとう」  ぺこりと頭を下げられて、僕も「いえいえ」と頭を下げた。 「たしかに、自分の中でぐつぐつ煮だってた気持ちが魔力とともにどんどん押し出されていって、すごくとまどったんだけどさ。出しきったらものすごいスッキリしたんだ。今まで親くらいにしかちゃんと言ったことなかったし、それだって全部言ったわけじゃなかったから。だから、円がそれを受け止めてくれたのは、ちょっと良かったなって、思ってる」  僕の方を見ずに、店の戸の方を見て水筒のお茶を飲んでる。耳がうっすら赤く染まってきた。あれ、真宵、照れてる? 「真宵が気にしてないなら良かった」 「気にしてないよ」  今度はちゃんとこっちを向いて、僕と視線を合わせた。 「オレが女の子の体で生まれちゃったことも、魔法が使えることも、山に隠れて住んでることも、全部初めて友達に言ったんだ。それに、魔法が使える友達に会ったのも初めて。本当はワクワクしてる」 「魔法、使えないんだけど」 「今は、だよ。オレに魔力くれたじゃん。青くてきれいなやつ」  そうだった。師匠が僕の中から押し出したのは、青い魔力だった。今も自分の魔力なんて、これっぽっちも感じられないけど、僕にも本当に魔力があった。初めて見た自分の魔力は、自分で言うのもちょっと恥ずかしいけど、青く透き通って宇宙から見た地球みたいにきれいだ。 「それに、オレもまだ魔法は使えないよ。だから、一緒に修行頑張ろう!」 「うん」   僕は差し出された手をぎゅっとにぎった。これから、どんな修行があるのかわからないけど、一人ぼっちじゃないと思ったらすごく心強い。  「夏休みが終わったら、また学校に来る?」  真宵は暴走が止まらなくて学校を休んでた。僕は理由を知ってるけど、学校ではみんな理由を知らないから、いろんなうわさで持ちきりになってる。また学校に行くのは勇気がいるはず。  真宵は特に考えることもなく「うん」と軽く答えた。 「本当に?」 「行くよ。次に行くときは、男子として通えるように先生に話してもらうことになった」 「えっ、ほんと?」 「オレのさ、魔力が暴走する原因は自分の性別だから、少しでも自分らしく過ごせるようにしようって」 「よかったね」  本当によかった。僕の中に流れ込んできた、津波のような真宵の感情を知ってしまったから、心の底からほっとした。 「ありがとう。でも、やっぱりちょっと怖いかも。今までずっと女の子として過ごしてたのに、突然、今日から男の子になりますって言ったらさ、やっぱり変だよね」  たしかにクラスのみんなはおどろくと思うけど、すぐに受け入れてもらえそう。真宵は人気者だったし、友達だってたくさんいる。どんな真宵だったとしても、仲のいい友達でいられると思うけどな。だけど、不安な気持ちももちろん理解できる。どう思われるかって、どうしても気になっちゃう。  しょんぼりした顔の真宵を見て、元気づけなくちゃ、と思うけど、どうやって声をかけよう。ちょっと考えてから、ひとつ思い付いたことを提案してみる。 「あのさ、よかったら、一緒に学校に行かない?」 「え?」 「夏休み終わってから、最初の登校日、すごく緊張すると思うし。一緒に行ったらちょっと気持ちが楽になるかなって」  どう? と聞いてみたら、真宵の顔が輝いた。ほんのり魔力がもれて、本当にうすく光が出てる気がする。 「いいの? オレ、家を魔法で隠してるから、誰かと一緒に学校に行ったことないんだ」 「あ、そうか」  竹取家は山に魔法をかけて家を隠してるんだった。学校のみんなは、真宵の家がどこにあるのか知らない。家がある山の近くに来ても、真宵の家に続く道には魔法がかかっていて気づかないようになってるらしい。 「じゃあ、来週の登校日、山の下で待ってるね」 「ありがとう!」  僕と真宵は、こうして友達になった。あとからお菓子を取りに来た師匠に「ちゃんと集中しろ」と怒られながら、僕らは残りの夏休みの宿題にとりかかった。  
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