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駄菓子屋の魔女
「誰か来たら俺のことを呼ぶように」
「はい」
僕の返事を待たずに、師匠は駄菓子屋の奥にスタスタと歩いていく。
駄菓子屋で魔法の呪文を唱えた日から、毎日のようにここに通っている。そして、レジの前に座って誰も来ない駄菓子屋の店番をさせられていた。今のところ、弟子と師匠というより駄菓子屋のバイトと店長という感じだ。弟子になったと言われたけど、何もしていない。ただ僕の右目がずっと輝いているだけだ。この目は本当に直るのかきいたら、「地道に修行してれば、そのうちな」と言われた。修行をしないと永遠に直らないとも師匠に言われて、何もしない日々にちょっと焦りを感じてる。いつになったら修行は始まるんだろう。
オジサンと呼ぶたびに、目を金色に光らせてギロリとにらまれるので、あきらめて言われた通り師匠と呼ぶことにした。師匠はいつも似たようなTシャツに短パンをはいていて、お世辞にもおしゃれとは言えない。髪の毛もちょっとボサボサで、オシャレに気を使っているようには見えなかった。
僕が毎日来るようになってからは、冷房がきちんと効くようになって、ここに座っているのは思ったよりも快適だ。「人が来たら師匠を呼ぶこと」というルールさえ守れば、店の駄菓子は食べ放題だし、レジの置かれた机で宿題をしていても問題ない。
ちらりと背中の後ろにある扉のすりガラスを見てみるけれど、真っ暗で何も見えない。師匠はこのレジより先の部屋には入れてくれなかった。何があるんだろう。秘密の扉や魔法道具がたくさんあるのかもしれない、と思ったらワクワクしたけど勝手に入ることはできなかった。のれんの少し先にドアがあって、毎回カチャンと鍵がかけられるからだ。どうやって師匠を呼べばいいのかきいたら、レジの横に置いてあるベルを鳴らすように言われた。それじゃあお客さんがやったって変わらないじゃん、と言ったけど聞き入れてもらえなかった。僕がここに座っている意味はほとんどない。
「はぁ」
ずっとやってる宿題に少し飽きてきた。人が来たら、と師匠は言うけど人なんか来たことがない。だってここは、学校で一番人気がない駄菓子屋だ。しかもとなりのクラスの女子が学校に来なくなってから、魔女がいるとうわさになっている。怪しいうわさがあるから行かないこと、と先生にまで言われているのに、わざわざそれを破ってまで星1つの駄菓子屋に来る人はいない。他にも駄菓子屋はあるし、スーパーだってドラッグストアだって、お菓子を買えるところはいくらでもある。
今日も誰も来ずに1日が終わりそうだなぁと思っていたら、「ごめんください」と引き戸から声をかけられた。お客さんだ。
「はい!」
椅子から立ち上がって返事をしたら、声が裏返った。はじめてのお客さんの登場に緊張して、心臓のリズムがどんどんスピードを上げていく。まずい、顔も赤くなってきた気がする。
どんな人かと思ったら、女の人だった。うちの母さんと同じくらいの年齢に見える。着物を着ていて、ぴっちりと髪の毛が後ろでまとめられている。色が透き通るように白くて、芸能人かと思うほどに美人だ。駄菓子屋に来るような人には見えない。
「あら?」
お客さんは僕を見て、首をかしげている。店番として小学生の僕が一人で座ってたからか。僕は小5にしては見た目が小さいから、もう少し小さい子が店番していると思ったのかもしれない。
でも、違った。
「あなた、目が金色なのね」
息を吸うのを忘れた。この人、僕の右目が見えている。母さんも父さんもクラスメイトも先生も、だれ一人僕の右目の色が変わったことに気づかないのに。
「総嗣さまのお弟子さんね。弟子をとっていらっしゃるとは知らなかったわ」
僕は、はいそうです、とも言えずにだまって立ちつくしていた。人が来たら呼べと言われたけど、この人はお客さんなのか? 多分違うんじゃないか。ベルを鳴らすべきか考えていたら、僕の後ろで扉が開いた。
「おい、人が来たら呼べと言っただろう」
「師匠」
師匠を見てほっとすることがあるとは思わなかった。緊張してカスカスの声しか出ない。僕だって師匠に言いたいことがあるのに、どうしてこんなに声が出せないんだ! かすれた声すら出せなくなった僕をちらっとだけ見て、師匠は僕の前に立った。
「お宅は俺を知っているみたいだが、俺は知らないな。どこの誰だ」
そんな失礼な言い方、お客さんにしちゃいけない。師匠の無礼っぷりにおどろく。このお客さんは今にも怒り出して帰っちゃうんじゃないか。もっと丁寧に話したほうがいいって言いたいのに、はあはあという息しか出せなかった。もしかして、これは師匠の魔法のせい? 呪文を唱えた日以外に、魔法っぽいものはひとつも見てないけど、これは魔法な気がする。
お客さんは「失礼いたしました」と深々とお辞儀した。失礼だったのは、どうみても師匠の方なのに、何かがおかしい。腕組みした師匠は、お客さんが頭を下げているのを黙って見下ろしている。師匠の目が金色に光っていた。魔法が体から漏れ出ているんだ。
静かに身を起こすと、お客さんはまっすぐに師匠を見つめた。その瞳が光っていて、僕はハッと息をのむ。薄い黄色に光って、まるで満月がふたつ浮いているみたい。
「月の力を魔力の源とする一族でして、私は当代当主の竹取 煌子と申します。総嗣さまのおうわさは、末端の一族でもよく存じております」
お客さんの自己紹介を聞いて、クラスでのうわさを思い出した。たしか、学校に来なくなった隣のクラスの女子と同じ苗字だ。声が出せていたら、大きな声を出していることろだった。ちょっとだけ師匠に感謝だ。
「便利屋を始めたとの風のうわさを耳にしまして、是非にとお伺いいたしました」
「ほう、では要件を聞こう」
師匠の言葉とともに、駄菓子屋の戸がピシャンと閉まった。師匠の瞳がランランと輝いている。
「どうか、息子をお助けください」
お客さんはそう言うと、さっきよりも深く、長いお辞儀をした。
「どういうことだ、円」
「えっ?」
突然声が出せるようになった。やっぱり師匠の魔法のせいだったんだ。師匠はお客さんじゃなく、僕を見下ろしている。なんで僕に聞くんだ。頼んでるのはお客さんだし、僕だってよくわからない。
「僕もよくわからないんだけど」
「今おどろいてただろ」
何を言ってるんだ、という顔で師匠は言うけど、僕だってわからない。どう説明すればいいんだろう。
「あの、内容を知ってておどろいたんじゃないんだけど……」
「じゃあ、なんでおどろいてたんだ」
「となりのクラスに突然学校に来なくなった女子がいて、その女子とお客さんの名字が同じだったから」
「ふぅん、うちの弟子と同じ学校に息子がいるのか?」
お客さんは姿勢をもどして、ゆっくりとうなずいた。
「息子の魔力が暴走しておりまして、このままでは息子も家の者も倒れてしまいそうなのです」
「魔力の暴走は、幼いうちにはよくあることだ。親が抑えてやれないのか」
魔力が暴走するって一体何だ。小さい頃にはよくあることって、どんなものなんだろう。ちんぷんかんぷんだ。お客さんは深刻な顔をしてるけど、師匠はちょっと呆れた感じで見ている。子供のしつけ、みたいな話なのかもしれない。
「息子の魔力は当代どころか、歴代の当主と比較しても抜き出るほどの力を継いでいます。年々力も増してきておりまして、私どもの力ではとても抑えられないのです」
師匠は「ふぅん」と言いながら、腕を組み考えこんでいる。光る目は瞳孔がたてに伸びて、猫の目みたいになってきた。
「月の一族は有名だが、表にほとんど出ないから俺もうわさ程度にしか知らんな。代を重ねるごとに魔力が減っているというのは本当か?」
「はい。お恥ずかしながら栄華はとうに過ぎまして、今は衰退しゆく一族でございます」
「もうひとつ確認するが、魔力が暴走しているのは息子なんだな?」
お客さんの目の光が一瞬、雲がかかったみたいに薄暗くぼやけた。少しの間をおいて、だまってうなずくのを見て、師匠は「引き受ける」と答えた。
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