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駄菓子屋の授業
「円、わかったと思うが、さっきの客は魔法使いの一族だ」
師匠は目を光らせたまま僕を見た。さっきまでのピリピリした雰囲気ではなくなったけど、まだちょっと不機嫌そうに見える。
「人が来たら俺を呼べと言ったはずだ」
「はい」
約束を守らなかったから怒られてるんだ。あの言葉はお客さんが来たら知らせるように、という意味だけじゃなかったみたい。
「まぁ、きちんと説明しなかった俺が悪かったな」
師匠はTシャツの中に腕を入れて、お腹をボリボリかきながらため息をついた。目から光がすっと引いて、黒い瞳に戻ってる。レジの机に腰をおろして足を組むと、スタイルが良いからか海外のモデルっぽい。そういえば師匠の顔は、日本人ばなれしていて彫りが深い。もしかしたら日本人じゃないのかも。
「魔法使いについて、少し話をしよう」
はじめて魔法の話が出て、僕は背筋をぴっとした。思いがけず魔法使いの弟子になって途方にくれてたけど、本当はそういう不思議な話が大好きだ。カラコンを入れてるんだと思えば、右目が金色なことにも慣れた。魔法について一向に教えてくれる気配がなくてやきもきしてたけど、やっと話してくれるんだ。
師匠は「どこから話したもんか」と言いながら天井を見つめている。
「魔法使いの国というのがある。俺はそこから来たんだ」
「えぇ!?」
いきなりとんでもない話が飛び出した。いや、魔法の話っていう時点ですでにとんでもない話なんだけど、なんだか規模がちがう。え、魔法使いの国? 信じられないような話だけど、もう魔法使いの弟子になっちゃったんだから信じるしかない。
「魔法使いには二種類いる。魔法使いの国で生まれた者と、そうじゃない者だ。どちらも等しく魔法使いだ。魔法使いにはいろんな一族がいるが、皆でまとまってひとつの国のようなものを作っている。それが魔法使いの国なんだ。簡単に言えば魔法使いが暮らしやすい場所だな」
「それはどこにあるの?」
「魔法でかくされている。魔力をもつ者しか入れない空間にある」
師匠は足を組み替えながら話を続けた。
「魔法使いは人数が少なくて、それぞれの一族の間で派閥争いがある。魔法使いの国で生まれる者たちは親も魔法使いだからいいが、お前のように突然魔法使いとして生まれてしまった者は、誰かに弟子入りするしかない。そういうまだ未熟な者をさらって、自分の一族を増やそうとする奴らがいる。お前は狙われやすい獲物なんだ」
わくわくした気持ちで聞いてたのに、一瞬で不安に押しつぶされそうになった。魔法使いに狙われやすい獲物だって? 誘拐犯の格好の餌食だと言われて嬉しい人なんかいない。今からでも弟子をやめたい。
「魔力は自分で捨てることはできない。お前は俺のところで弟子にならなくても、誰かの弟子になるさだめなんだ。むしろ俺の弟子になっといてラッキーだろ」
師匠はニヤッと笑って、自信満々に言い放つ。
「え、なんで」
「自分で言うもんじゃないが、俺より強い魔力をもつ魔法使いはこの世にいないからな」
「それ、冗談?」
「馬鹿者、冗談なわけがあるか」
「いたっ」
師匠のデコピンが飛んできて僕は悲鳴を上げる。おでこをさすりながら師匠を見るけど、とてもそんな強そうな魔法使いには見えない。体は細長くて、あんまり筋肉はついてなさそうだし、僕が見たことがある師匠の魔法も指を鳴らして駄菓子屋の戸を閉めるくらいだ。物を飛ばしたり、動物としゃべったり、ほうきで空を飛んだりもしないし、今のところあやしい薬を作ったりもしてない。
「師匠の魔法なんて、戸を閉めるのしか見たことないけど、本当にそんなにすごいの?」
僕の疑いのまなざしに、師匠はむっとして答えた。
「魔法というのはやたらめったら使うもんじゃない。魔法の強さは、魔力の量とそれを使う技術で決まるんだ。俺ほどの魔力があるやつも、俺ほどうまく魔力を扱えるやつもいない。お前はとんでもない魔法使いの弟子になれたんだ、じきに理解する」
「でも、弟子になったって言っても、駄菓子屋の手伝いしかしてないじゃん」
ここ数週間ずっと思っていたことを、やっと言い出せた。雑用係みたいなことじゃなくて、ちゃんと修行をさせてくれないと、僕の右目だっていつまでたっても金色のままだ。
「意外だな、修行に興味があったのか」
師匠の切れ長の目が大きく見開く。僕はここぞとばかりに大きくうなずいた。
「師匠、ちゃんと魔法を教えてよ」
真剣な僕の思いが伝わったのか、師匠はしばらく僕をじっと見つめて動かない。やっと動き出したと思ったら、「よかろう」と重々しい返事が返ってきた。
「まだ魔力をもつ自覚もないからとのんびりしていたんだが、訪問者もあったことだしな」
「あのお客さんのこと?」
さっきの美人なお客さんを思い出す。あのお客さんも目が光ってた。きっと魔法使いだ。
「そうだ。俺はわけあって魔法使いの国から出てきたんだが、早速その噂を聞きつけて来たのがさっきの客だ」
「わけって?」
そうきくと師匠はしかめっ面になる。「そのうちな」と言ったきり、その話題は終了された。あんまり聞いたらいけないらしい。
「説明した通り、お前が魔力をもった子供だと知ったら連れ去ろうとするやつもいる。自分が狙われやすい存在だという自覚を持つように」
それはしっかり理解できた。僕が連れて行かれるかもしれないと思って、師匠は心配していたんだ。今回は誘拐犯じゃなかったけど、人が来たらすぐに呼ばないと相手は魔法使いだ、どうやって連れ去られてしまうか想像もつかない。
「修行とはいうけどな、自分の魔力を感じないことには修行というほどのことはできない」
「えぇー」
それじゃあ、僕はなんにもできないことになる。右目が金色に光っているのに、魔力なんか一ミリも感じないんだから。だいたい、魔力ってなんなんだ。僕にも本当にそんなものあるのか?
「魔力ってどうやって感じるの?」
「魔力を感じるためには、ある程度他の魔力に触れないとな。魔法使いの国に生まれていれば、そこらじゅう魔力だらけだから、話せるようになるころには自分の魔力がじわじわ外に出てくるんだが」
そう言いながら師匠は腕組みしてうなっている。どこで生まれても同じ魔法使いだって言ってたけど、魔法使いの国に生まれているのといないのとじゃあ、ずいぶんハンデが大きい。本当に同じ? これだと僕が魔法使いになるころには、おじいさんになってそう。
「師匠の魔力はたくさんあるんでしょ? それを使ったらいいんじゃないの」
あんなに自信満々に話してたんだから、師匠の魔力をたくさん使ったら一瞬で僕にも魔力が感じられるようになりそう。そう思っていたら、ギロリをにらまれた。
「おい、俺の魔力を甘く見るなよ。お前みたいなひよっこに使ったら、強すぎて酔う」
「え、酔う?」
「魔力酔いって言うんだ。自分と違う系統の魔力や純度に大きな差がある魔力をたくさん浴びると体調不良をおこす。まあ、吐いたり熱を出したり、そういうやつだな」
「うーん。それはちょっと」
そこまでして急ぎたいわけじゃないかも。痛かったりしたら怖いし。僕がちょっとひるんでいることには気づかず、師匠は一人でぶつぶつと話を進める。
「お前は純度は問題ないけど、系統がなぁ。相性の良い相手がいりゃいいんだが……」
そこまで言うとだまって僕を見た。
「あー、一人いたな」
師匠は何かひらめいたのか、腕組みをといてうっすらと笑う。まるで絵本に出てくる悪い魔法使いみたいで怖い。
「さっきの客の話は覚えてるか」
「お客さんの子供の魔力が暴走してるから助けてほしいっていう話?」
「よく覚えてるじゃないか。それだ。その息子がお前の救世主かもしれない」
助けを求めてるのは向こうなのに? しかも、その話にはまだ僕の中で別の大きな謎がある。
「あの、師匠。その子なんだけど、本当に僕の学校にいる子かな」
「この辺じゃ、お前の学校くらいしか通うところはないんじゃないか?」
「それはそうなんだけど」
なんて説明したらいいんだろう。正直に話してみるしかない。
「学校に来なくなったのは、竹取 真宵っていう女子なんだ。他に竹取なんていう名字の子はいないんだよ。さっきのお客さんが言ってたのは、息子でしょ? 性別がちがうから、別人なんじゃないかな」
お客さんの話を聞いてからずっと疑問に思ってた。竹取なんて名前、他に聞いたことがない。となりのクラスの女子の兄弟とか?
「それは行ってみればわかるだろ」
「え、行くってどこに?」
「竹取家だ。弟子なんだから、お前も師匠の仕事について来い」
「えっ!」
師匠は当然のように答える。
竹取家に行くのは勇気がいる。竹取さんは学校だけじゃなく、行く先々で噂になるくらいの美少女で有名だ。遊びに行った先の遊園地や駅で、しょっちゅうスカウトを受けているという話も聞いた。僕も学校で見かけるけど、芸能人も顔負けの美貌だ。そんな人の家に行ったなんて知られたら、学校でなんて言われるかわからない。しかも、当の本人は今、謎の不登校中だ。
「行くのは来週の月曜日だ。もう夏休みだろう?」
「そうだけど」
「ウジウジ言ってないで、月曜日ここに来るんだぞ」
僕が何に悩んでいるのかあんまりわかってなさそうな師匠は、僕のことなんか気にもとめずに机から立ち上がった。
「じゃあ今日は客も来たし閉店するか。円、お前ももう帰っていいぞ」
はぁい、と返事をすると仕方なく宿題をまとめた。来週が今から憂鬱だ。
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