駄菓子屋の依頼人

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駄菓子屋の依頼人

 僕は緊張しながら座布団の上で正座している。こんなに大きな家に入ったのは初めてだ。家というより、お屋敷だった。いつも素通りしていた山の中に、こんなに大きなお屋敷があるなんて知らなかった。出されたお茶も、お茶菓子も緊張してなかなか手をつけられない。 「円、これはうまいぞ」  緊張なんて人生で一度もしたことがなさそうな師匠が、僕のとなりで大きな口をあけて最中をほおばってる。 「師匠、もうちょっと遠慮したほうがいいんじゃないの?」 「何を遠慮するんだ」 「そんなにガツガツ食べたり飲んだりしないでさ」 「出された分は食べたって文句は言われない」  胸をはって言うことじゃないし、まだ出されて数分しか経ってないのにすでにお皿が空になりかけてるのはやっぱり早すぎる。僕のほうが恥ずかしいから、もう少し落ち着いてほしい。魔法使いのマナーはどうなってるんだ。  お客さんもとい、竹取さんのお母さんの煌子さんは、僕たちを出迎えると竹取さんの様子を見に行ってしまった。煌子さんの話しぶりでは、竹取さんは具合が悪くてずっと寝込んでいるみたいだった。息子さんも魔力が暴走しているし、煌子さんは駄菓子屋に来たときよりも、何となく表情が暗くて疲れているように見えた。  お手伝いさんが師匠の空いた湯呑におかわりのお茶を注いでくれる。お手伝いさんが何人かいるのが見えて、ちょっとしたお城にいる気分を味わっている。竹取さんって、とんでもないお金持ちのお嬢様だったんだ。慣れない僕は、ずっとかしこまっていて、着いて数分しかたってないのに疲労困憊だ。  そばに控えていたお手伝いさんが何かに気づいて部屋のふすまを開けると、煌子さんが座っていた。 「お待たせいたしまして、申し訳ございません」  手をついて深々と頭を下げる煌子さんに、師匠は何も反応しないので、僕が代わりに慌てて頭を下げた。師匠の神経はネジが数本外れているのかもしれない。 「もう一度、くわしく話を聞こう」 「かしこまりました」  煌子さんは部屋に入ると、師匠の正面の席に座った。師匠はすでに足を崩していて、あぐらをかいている。おかわりを入れてもらったお茶をズズッと音をたててすすりながら、煌子さんの話をうながした。 「我が竹取一族は、先日もお話しました通り、月の力を魔力の源とする一族です。その始祖は、むかしばなしとしても有名なかぐや姫にあります。かぐや姫は月の人でしたが、地球をいたく気に入りまして、月に帰ったと一般には伝えられていますが、そのまま地球に隠れ住んでおりました」 「えっ!」  びっくりして声をあげると、煌子さんがそっとほほえんだ。 「おどろきました?」  僕はこくこくとうなずく。かぐや姫は物語のさいご、月から迎えがやってきておじいさんおばあさんと泣いて別れるのに。 「そんなにおどろくほど、有名な話なのか」 「えぇっ、師匠知らないの?」  こっちもおどろきだ。師匠は不思議そうに僕を見ている。魔法の国から来たっていうのは嘘じゃなさそうだ。かぐや姫の話は、日本に住んでいたら大半の子が学ぶむかしばなしのひとつだっていうのに。 「月の人の血が濃いうちは魔力もとても強く、魔法使いの間でも有名でした。しかし、代を重ねるごとにその血は薄まり、今ではほとんど魔力はありません」 「その話は俺も聞いたことがある」 「落ちぶれた一族として有名ですからね」  あまり明るい話題じゃなさそうだけと、煌子さんは気にする様子もなくスパッと言い切る。 「そんな一族に、突然あの子が生まれました。生まれる前から魔力があふれておりまして、光る竹のように私のお腹がぼんやりと輝いていたのを、今でも鮮明に覚えております」  となりの師匠が「光る竹ってなんだ」とぼそぼそ聞いてくるから、「かぐや姫は、光り輝く竹から生まれたんだよ」と小さい声で教えてあげる。駄菓子屋に帰ったら、日本むかしばなしの絵本を師匠に読ませたほうがいいかもしれない。 「落ちぶれたと言われる一族に、膨大な魔力を持って生まれましたので、一族からの期待は計り知れないほど大きいものでした。一族の期待から守るために私達も手を尽くしていますが、その重しは完全に取り除くことも難しく、今回の暴走の一因となっていると考えております」  重たいため息が煌子さんからもれた。僕は親戚が少ないから、親族との付き合いというものがあまりイメージできない。これだけ大きなお屋敷に住んでいるんだから、親戚とのやり取りは堅苦しいものなのかもしれない。テレビドラマで見るような、財閥の一家みたいなものなのかな。 「暴走は今までもたびたび起きてはいたのですが、ここまでひどいものではありませんでした。悪化したのは一月ほど前からで、そこを皮切りに格段に暴走する魔力の量が上がりました。私達のわずかばかりの魔力では抑えることがかなわず、息子は苦しむ一方なのです」 「なるほどな。普通は親が抑え込んでやればすむ話だが、ここまで力の差があるとそれは無謀だな」  なにやら師匠は納得している。よくわからないけど、煌子さんたちより魔力が大きすぎて助けてあげられないから、強い師匠に助けてほしいということみたい。  一月ほど前だと、竹取さんが学校に来なくなったのと同じくらいのころだ。兄弟同士、何か影響があるのかな。どんなことになってしまってるのか、不安が押し寄せてくる。魔法って、思ってたよりもやばいのかもしれない。  魔力の暴走の話になって、一気に煌子さんの表情も暗くなった。 「魔力の暴走には波があります。数日来ないこともあれば、断続的に波が来ることもあります。暴走が収まっている間は、ぐったりと眠っていてあまり起きられません。月の魔力の影響で今はまだ持ちこたえていますが、少しずつ衰弱しており、このままでは体も心ももちません。総嗣さま、どうか我が子をお助けください」  煌子さんはまた頭を下げる。煌子さんの必死さがひしひしと伝わってくる。師匠は黙ってその姿を見つめていた。 「暴走している間はどんな様子だ」 「本人は頭が割れるように痛むと申しております。ひどく錯乱して叫び続けていますが、その時のことはおぼろげにしか覚えてないようです」 「かなり深刻だな」  渋い顔で師匠はお茶を飲む。煌子さんの表情はますます暗くなるばかりだ。部屋の空気は重力が増したみたいにずんと重たく、息を吸った胸が苦しい。 「今は落ち着いているのか」 「はい。今朝からまた暴走しておりましたが、先ほど落ち着いてきました」  煌子さんの返事を聞いて、師匠は急に立ち上がった。 「なら、先に少し会っておこう」  煌子さんがうなずくと、お手伝いさんがサッと移動してふすまを開けた。師匠が他の人を待たずに一人で部屋を出ていくから、僕も慌てて立ち上がる。ずっと正座していた足がビリビリとしびれて痛い。壁をつたいながらよろよろと足を引きずって後を追った。
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