駄菓子屋と少年

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駄菓子屋と少年

 煌子さんに連れられてやってきた部屋は、ふすまを開けると一面に物が散らばっていた。まるで嵐が起きたみたいに、いろんな物が倒れている。  破けたふすまの障子やカーテンの切れ端が落ちていて、プリントや教科書はぐちゃぐちゃになって、部屋のすみに吹き溜まりのようにかたまっている。一応布団がしかれているけど、それもボロボロで布団からは綿が飛び出してる。枕はどこかに飛んでっちゃったのか、部屋には見当たらなかった。  泥棒が入ったって、ここまでひどく荒らされたりしないはずだ。ふすまは大きな爪でえぐられたみたいに、長い傷がいくつもついている。何か魔物が住んでるって言われたら、少しも疑わずに信じたい。  部屋のどこにも人の気配がしないから、おかしいな、と思ってキョロキョロしていたら煌子さんが部屋のすみにかけよった。引きちぎれた洋服の山に埋もれるようにして、人がうずくまっている。 「真宵!」  煌子さんが悲鳴に近い声でそう叫びながら、布の山から抱き起こす。  抱き起こされたのは、竹取さんだった。  え、ここで魔力を暴走させていたのは、息子だったんじゃ? これはまぎれもなく、となりのクラスの竹取さんだ。煌子さんが何度も「真宵」と声をかけている。一体どういうこと? 竹取真宵さんは美人で有名な、女子だったはず。  混乱している僕をわきに押しやって、師匠が煌子さんのとなりにしゃがみこんだ。竹取さんの様子を観察して、部屋中を見渡してる。 「相当ハデにやってるなぁ」  この場に似つかわしくない、のんびりした口調。師匠と煌子さんは同じ空間にいるのに、まるで見えてるものが違いそう。  少し取り乱している煌子さんを横目に、師匠は立ち上がると指をパチンとならした。すると、部屋中の倒れた家具たちがつぎつぎに立ち上がって、それぞれの決められた場所に戻っていく。大きな家具が戻ると、今度は小さな置物や雑貨がそれに続いた。丸まった教科書やしわくちゃなプリントも、アイロンされた洗濯物みたいにきれいになっていく。ぼろぼろに引きちぎれた布たちは、裂けた欠片が集まってくっついていく。ぬい目もなく、裂けていたのが嘘のように元通りだ。ふすまの大きな傷も、障子を貼り直したみたいに跡形もなく直ってる。 「すごい」 「これくらいは、お前にもできるようになってもらわんとな」  師匠は当然のようにそう言うけど、僕はまだ修行のスタートラインにも立ててない。こんなことが出来るようになる日が本当に来るのか。  師匠は片付いた部屋を点検するように、部屋の四隅を見て回ってる。天井を見たり、床をのぞき込んだり忙しい。何をしてるんだろう。師匠の後ろまでついていって僕も真似して見てみたけど、とくに変わったものは見当たらない。 「師匠、何してるの?」  僕の質問に、師匠は天井をしげしげと見つめながら答えた。 「この部屋には結界がはられているようだ。魔法とはまた違った方法みたいでな」 「結界?」 「それは、当一族に伝わる魔法とはまた別の術でございます」  後ろから煌子さんとは別の声が聞こえてきた。振り返ると、煌子さんよりも年上のよく似た顔のおばあさんが立っている。 「真宵の祖母でございます。この度はお越しいただきまして、ありがとうございます」 「前当主か」 「左様でございます」  おばあさんは静かに一礼した。この家の人達は、みんな礼儀正しくて丁寧だ。かしこまった様子の竹取さんのおばあさんにも、師匠の態度は変わらない。 「この結界をはったのは誰だ」 「私です」  おばあさんが答えると、師匠はぐっと眉をよせて難しい顔になった。 「魔力も練り込まれて、ずいぶんとめちゃくちゃな術だな。部屋の外を守るためにやったんだろうが、結界をはるのは、あの坊主にとって逆効果だ」  おばあさんは顔が真っ青になった。 「そんな……私は、余計なことを」 「残念ながら、かなり余計だったな」 「師匠!」  そんなひどい言い方したら、ショックを受けてるおばあさんに追い討ちをかけちゃうじゃないか! 師匠にはどうやら、デリカシーってものがなさすぎる。おばあさんは、くちびるをわなわなとふるわせ始めた。今にも泣き出しそうだ。 「これ、自分で解けるのか?」  そんなおばあさんのことなんか少しも気にせずに師匠は話し続ける。返答するおばあさんの声はかなりか細い。 「かけることはできても、解くことはできないのです」 「なんだ、しょうがねぇな。魔法じゃないから壊す形になるが、文句は言うなよ」  軽い口調で言うと、師匠は手をにぎって開いた。そこには金色に光るビー玉が4つのっている。手品みたいだ。師匠はそのビー玉を、部屋の四隅にひとつずつ投げた。  パンッ  ビー玉が落ちた先から、風船が破裂したような音がする。突然大きな音がしてびっくりしていると、音がしたところから細く金色の煙がたちのぼった。煙がゆらゆらとのぼって消えたのを確認して、師匠は「おしまい」と言った。 「何が終わったの?」 「ばあさんがはった結界を壊した」  こらえきれずホロホロと涙をこぼしているおばあさんは、師匠に深々と頭を下げた。 「ありがとうございます」  師匠は、やれやれと言いたそうな顔だ。 「いいか、魔力の暴走っつうのは、自分の器の容積をこえた分の魔力が、制御できずに外に飛び出してる状態だ。持ちきれずに外に出したのに、結界はって押し込めようとしたら本末転倒だろう。こういうときは、外に出した魔力がすぐ分散するようにするんだ」  解説を聞いて、おばあさんは何度もうなずいた。師匠は天井にチョークみたいなもので記号を書き込み始めた。長身の師匠は、腕を伸ばしただけで簡単に天井に手が届く。記号は小さくて、あっという間に書き終わった。 「師匠、それは何?」 「呪文だ。扇風機みたいな機能をつけておいた。これで、たまった魔力もすぐに飛んでいくだろ」  そういうものなのか。師匠の適当な説明で、なんとなくわかったような、わからないような。おばあさんはありがたそうに、師匠に向かって拝んでる。  そっと後ろを振り返ると、竹取さんはまだぐったりしていた。煌子さんに抱えられても反応がなく、顔色もかなり悪い。くちびるまで真っ青で、汗なのかしっとり濡れていて短い髪の毛が顔にべったりはりついてる。 「この状態なら、まだ大丈夫だ」  師匠はそう言うけど、とても大丈夫そうには見えない。これは救急車を呼ぶべきなんじゃないか。そう言おうとしたけど、師匠に手で止められた。 「当主、この坊主に自分の魔力のありったけを込めるんだ」  煌子さんも理由はよくわからないようだけど、黙ってうなずく。胸にしっかり竹取さんを抱きしめると、ぼんやりとした光りが二人を包んだ。煌子さんの両目が満月のように黄色に輝いている。  数十秒すると、竹取さんの顔に血の気が戻ってきた。煌子さんもそれに気がついて目にうっすらと涙がうかんだ。 「真宵」  煌子さんが呼びかけると、竹取さんの目が静かに開いた。よかった! ちゃんと無事だったんだ。うつろな目で、あまり焦点があってなさそうだ。声のした方を見てお母さんだとわかったのか、ほんの一瞬だけ口のはしで笑ってまたすぐに目を閉じてしまった。  一瞬だけど意識を取り戻した竹取さんを見て、煌子さんはようやく落ち着いたようだった。師匠が直してくれた布団にそっと寝かせて布団をかける。 「的確なご指示をいただき、ありがとうございました」 「まだ様子を見ただけだ。坊主はこのまま目が覚めるまで寝かせておいた方がいい」 「わかりました。一度、客間に戻りましょうか」  煌子さんは表情をやわらげて、竹取さんの頭をひとなでする。目の下にクマができている竹取さんは、顔色が戻ったとはいえ、まだ元気とは言えない見た目だった。  客間では、お手伝いさんが新しく冷たいお茶を入れてくれていた。お菓子もさっきとはちがう。師匠はめざとくそれに気がついて喜んでいる。「ちょっと、師匠」といさめようとしたけど、師匠は全然聞いてない。煌子さんが「お好きなだけ召し上がってくださいね」と優しく言ってくれたのを聞いて、「ほらな」と得意そうな顔で僕を見た。師匠はお好きにしすぎるんだってば。ひそひそと師匠に文句を言っていると、お手伝いさんがわきからそっとお菓子を上乗せしてくれた。さっきは緊張してひとつも手を付けられなかったから、今回は僕もいただくことにする。 「円くん、真宵を見ておどろいたでしょう」  煌子さんに話をふられて、お菓子に伸ばした手が止まった。なんて答えたらいいのか。たしかにおどろいたけど、どれにおどろいたって言えばいい? 正直、すべてにおどろいてる。こんなお屋敷に住んでいることも、かぐや姫の末裔だったことも、魔法使いでとんでもない魔力をもってることも。そして魔力が暴走してこんなにボロボロになっていることにも、女子だと思っていたけど家では息子として扱われてたことも。  僕が返事もせず固まっていたら、煌子さんはそっとお菓子のお皿を僕の方に寄せてくれた。 「大事なことだから、本当は本人から直接聞くべきなんだけど、こんな状態を見てしまったのに、何も話さないわけにもいかないわね」  うつむいて話す煌子さんに、僕もいたたまれない気持ちになる。となりのクラスの話したこともない僕に、ずっと隠していたことのほとんどを知られてしまったと知ったら、竹取さんはこの先もずっと学校に来れなくなっちゃうんじゃないか。もしも僕だったら、引っ越してずっと遠くの、誰も知ってる人がいない場所にいきたいって、父さんと母さんに泣いてお願いすると思う。それに、今まで仲良くしていた友達とも、二度と顔を合わせられない。  うん、断ろう。 「あの」  手をぐっとにぎりしめて、顔を上げた。大人に意見を言うのは、勇気がいる。緊張しながら、噛まないようゆっくり話した。 「竹取さんが、女子だけど家では男子として過ごしているのはわかりました。魔法使いだったことも、魔力が暴走して大変なことも見てわかってます。でも、それは全部、竹取さんが学校で隠してることだから、竹取さんと話ができるようになるまで、聞かないで待ちます」  師匠がとなりで、静かにうなずいてくれた。煌子さんは大きく息を吐いて、うつむいていた顔を上げる。僕とまっすぐ目が合った。 「私がおろか者でしたね。正しいことを言ってくれてありがとう」  やっと少し笑ってくれた。緊張したけど、ちゃんと伝わったみたいでよかった。 「月の一族は、始祖のかぐや姫の影響を強く受けているようだから、おそらく坊主の性別不一致は魔力も関係しているな」 「もしかしたら、と私も考えておりました。我が一族は代々女性にしか魔力が受け継がれません。まれに薄い魔力をもった男児も生まれるのですが、本当にわずかです」 「なら、その説はより有力だな。魔力が少なく生まれていたら男として生まれていただろうが、なんせ魔力が多すぎる。もしかすると、俺に次ぐかもしれんな」  それを聞いた煌子さんがおどろいて目を大きくする。そんなに師匠の魔力ってすごいのか。そもそもの基準を知らない僕には、師匠が自分ですごいと言っているのも「自称」だと思ってるんだけど。 「持って生まれたものは仕方がない。これからその才能との付き合い方を覚えるんだな」  さっきの竹取さんの様子を見ちゃったら、それが簡単なことじゃないのは充分すぎるほど想像できる。 「なにか手伝ってあげられないのかな」  そっときいてみると、師匠はニヤッと笑った。 「お前が役に立つ番だ」  どういうことだろう。魔力も感じられない僕に、できることってなんだ。師匠は「まぁ、お楽しみだ」と言って、それきり教えてくれない。竹取さんの様子を思うと、お楽しみにしていて大丈夫なのか、不安だ。 「今日のところは、少なくとも暴走することはないだろう。ひとまず俺たちはおいとまする」 「本日は、本当にありがとうございました」  煌子さんが三つ指ついてお礼を言ってくれるけど、師匠は全然見ていない。僕のお皿に残ったお菓子をつまんでいる。仕方ないので、代わりに僕が「いえいえ」と頭を下げる。 「暴走が始まったら、すぐに知らせるように」 「かしこまりました」  師匠が立ち上がったのを合図に、お手伝いさんがふすまを開けてくれた。おいていかれてしまいそうで、僕も大急ぎで立ち上がる。お土産に、と別のお手伝いさんがお菓子を包んでもたせてくれた。お菓子のほとんどを師匠に食べられてしまったから、大喜びで受け取る。あんなに食べたのに、師匠もしっかりお土産をもらっている。図々しい。 「帰るぞ、円」 「はい」   煌子さんとおばあさんに見送られながら、僕と師匠はならんで登ってきた山道をゆっくりと下った。  
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