駄菓子屋と嵐

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駄菓子屋と嵐

 竹取家に行ってから2日は何も連絡がなかった。いつも通り駄菓子屋に通って、だれも来ない店内に座って店番をする。師匠は相変わらず、ほとんどの時間を店の奥の部屋で過ごしていて、何をしているのかわからない。修行をするって言ってたのに、結局ひとつも変わってない。  竹取家からの帰り道、師匠から「もし暴走の連絡が入ったら、契約を使って連絡する」と言われた。それってどうやって? ときいたけど、説明しても理解できないだろうからって教えてくれなかった。教えてくれないと、理解できるかどうかわからないのに!  今日もだれも来なかった。もしかして、この駄菓子屋にはお客さんが来ないように魔法がかけられているのかも。そうだとしか考えられないくらいの不人気ぶりだ。たしかにどの学校からも遠いけど。見た目もボロいけど。近所に遊ぶ公園もないけど。夏休みなのに、こんなに来ないなんておかしい。一番人気の駄菓子屋は、毎日小学生でにぎわってるのに。  とはいえ、僕がここで店番をしているのを誰かに知られたら、それはそれで困る。なんて説明したらいいかわからないし、友達と言えるような友達もいないから、変なうわさにされたら体育の時間にペアなんて作れなくなっちゃうだろう。  椅子から立ち上がって大きく伸びをしてから、レジのわきに置かれたベルを鳴らした。  チン  ベルを鳴らして1分もしないうちに、店の奥の部屋から師匠が出てきた。寝癖がついてる。僕には店番をさせておいて、自分は昼寝をしてたのか。左ほほに畳のあとがくっきり残ってた。 「帰る時間か、円」 「うん」 「じゃあ、また来週もよろしく」  どうやっても弟子と師匠の会話じゃない。バイトと店長の会話だ。僕の修行の話はなかったことにされている。 「師匠、僕の修行はどうなったの」  少し怒りをこめて言ってみたけど、師匠には何も届いてない。片手をひらひらさせて、早く出ていけ、と合図する。 「もう少し待て。焦らなくても、もう直にその時がやってくるから」 「だから、どういうこと?」 「親が心配するぞ。今日はもう帰れ」  こういうときばっかり大人のフリをして、もっともらしいことを言う。これ以上は何も教えてくれる気がないんだとあきらめて、僕はカバンを背負って駄菓子屋から出た。  その日の夜中、トイレに行きたくて目が覚めた。もう父さんも母さんも寝てるらしく、家の電気はすべて消えている。起こさないようにそっと両親の寝室の前を通って、トイレに入った。トイレが終わって手を洗っていたら、右目の奥がチクチクと痛みだす。激痛じゃないけど、気になる痛み。なんだろう、流しの上の鏡で見てみるけど、いつも通り金色に光ってる以外におかしなところはなさそう。気にしているうちに、少しずつ右目が熱を持ってきた。なんだか様子が変だ。どうしよう。 「聞こえるか」 「うわっ」  突然、師匠の声が聞こえた。でも、どこから聞こえたのか全然わからない。天井や窓を見ても何もない。えっ、幻聴? 師匠をよそおった幽霊だけは勘弁してほしい。僕はホラーが苦手なんだ。お化け屋敷だって入れない。心臓がリレーの後みたいに、高速でリズムを刻んでる。 「俺だ。聞こえてるな? 契約の印を通じて話しかけている。他のやつには聞こえないから安心しろ」 「え、そうなの?」  契約を使って知らせるって、このことだったのか! 合点がいったけど、理解できるかどうかはおいといて、やっぱり先に簡単に説明してもらいたかった。急にこんな風にされたら心臓がもたない。幽霊じゃなかったとわかって、ほっとして大きなため息が出た。 「かぐや姫んとこの坊主がまた暴走してる」  ゆるんだ緊張がまた、さっきよりもきつく張り詰めた。ボロボロになってた竹取さんが、頭にちらつく。 「すぐ迎えに行く。誰にも見られない場所で待ってろ」  師匠の声が聞こえなくなると、チクチクした痛みと熱はすっと引いた。  誰にも見られない場所なんて言われても難しいけど、少なくともこの洗面所ではなさそう。自分の部屋に戻るのが一番よさそうだと思って、音をたてない範囲で、全速力で部屋に戻った。  部屋に入ったら、とりあえず鍵をかけた。これが最大限の答えだと思う。師匠はいつ来るんだろう。緊張で手にじっとり汗をかいてきた。 「準備はいいか」 「ぎゃっ!」  前触れもなく師匠が現れた。部屋においてある全身鏡から、扉をくぐるみたいに出てきた。師匠はあきれた顔で僕を見下ろしてる。 「さっきの話聞いてたか? すぐに迎えに行くって言っただろ」 「そうだけど、こんな風に出てくるなんて思わないよ!」 「お前もこうやって移動するんだよ。ほら行くぞ」  僕の文句も無視して、師匠が腕をつかんだ。僕の鏡は今、表面に水をかけ流しているみたいに波打っていた。僕の腕をつかんだまま師匠が鏡に頭をつっこむ。まだ僕の心の準備ができてないのに! と思ってたら、師匠が頭を引き戻した。 「これを忘れてたな」  パチンッと指を鳴らして、また鏡に頭を入れようとする。 「師匠、何したの、今」 「小細工だな。お前がこの部屋にいないとわかったら面倒だから、この部屋にお前が戻ってくるまで、だれも近づかないようにしておいた」 「そんなことできるの?」 「できる。さ、つべこべ言わずに行くぞ。時間がない」  師匠に急かされて、ぐいっと腕を引っ張られた。考える間もなく、鏡の中にダイブしたらそこは竹取家の客間だった。うすっぺらい滝をくぐったような感覚だ。  眼の前には真っ青な顔の煌子さんが立っていた。 「お越しいただきありがとうございます」  煌子さんはこんな時でも、しっかりとお礼を言うのを忘れない。 「坊主は部屋だな?」  師匠が聞くと、煌子さんは首をたてに振った。師匠は走って客間を飛び出した。僕もそれに続いて走るけど、長身の師匠は足の長さも異常に長くて、どんどん僕との距離がはなれてく。必死に追いかけて竹取さんの部屋の前にたどり着くと、部屋のふすまが開いていて、おばあさんが倒れていた。師匠がおばあさんを抱き起こして、容態を確認してる。 「ぎゃああああああああああああっ」  ごうごうという強い風の音が鳴り響いて、竹取さんの部屋の中で渦が巻いている。その中心で竹取さんは頭を抱えて、雄叫びをあげていた。血走った両目が銀色にらんらんと輝いている。目は開いてるけど、何も見えてはなさそう。低く地響きみたいな音まで聞こえた。部屋の電気はつけられてないのに、はりついて竹取さんから発せられる光で、部屋はぼんやりと明るい。  まるで魔物みたいだ。目が合ったら、一瞬で食べられてしまいそう。怖くて、部屋から後ずさりたいのに、足の裏が床にはりついて持ち上がらない。どうしよう、動けない。  動けないと思ったら、胸がバクバクしてきた。吸っても吸っても空気がうまく肺に入ってこない。空気が一気になくなったみたいに薄い。浅い呼吸をくり返しているうちに、気持ち悪くなってきた。お腹の奥から何かが強い力でせり上がってくる。吐き出したくなくて、のどに力をこめてせき止める。でも、そうするともっと息が吸えない。  苦しくて、そのうちめまいもしてきた。足元から地球がぐるぐると逆回転をはじめる。ダメだ、もう立ってられない。目を閉じてしゃがもうとしたけど、足が言うことを聞かないから、前のめりに倒れた気がした。 「円!」  突然大きな声で名前を呼ばれて、びっくりして目を開けた。眼の前には師匠の顔がある。あれ、何してたんだっけ。薄暗い天井と師匠の顔が見えて、強い風の音がずっとしてる。 「ううっ、気持ち悪い」  そうだ、竹取さんのことを見てたら具合が悪くなってきたんだった。また、あの気持ち悪さが戻ってきて、僕は吐かないように口を抑えた。あれ、僕の腕、なんかおかしくないか?  腕を前に伸ばしてみたら、いつも見てたよりも明らかに長い。手も大きくなって、ちょっとごつごつしてる。 「あれっ、あれ?」  おかしい。体を起こすと、伸びてるのは腕だけじゃなかった。胴体も、足も伸びてる! 着てるシャツが伸ばされてパツパツだ。なんで? どういうこと? 僕と目が合った煌子さんも、僕を見て同じくびっくりしてる。やっぱり、僕に何か起きてるんだ! 「大丈夫か」 「し、ししょうっ! 僕、どうなってる?」 「見てみろ」  師匠が指差す先を見ると、竹取さんの部屋の鏡がある。そこには知らない男の人が映っていた。師匠の前に座って青白い顔をした、あの顔は……! 「ええっ!」 「あれはお前だ、円」 「大人になってる!」  ただ体が伸びたんじゃなく、大人になっていた。ちょっと父さんの面影がある。 「少しの間はもちそうだな」  師匠は一人で納得すると立ち上がって、おばあさんの横に座る煌子さんを見下ろした。 「うちの弟子より、お宅の坊主とばあさんの方が重症だ。とくにばあさんの方は命に関わる」  煌子さんは、ぎゅっとくちびるをかみしめた。おばあさんは、だらんと頭をたれていて血の気もない。 「少々手荒になるが、やらないよりは百倍マシだ。文句はないな?」  師匠は煌子さんの返事も聞かずに、ずんずん竹取さんの部屋の中に進んでいく。台風みたいな風が吹き荒れてるのに、師匠の周りだけ風がぴたっと止まってる。  雄叫びを上げ続ける竹取さんの眼の前に師匠が立っても、竹取さんは無反応だった。本当に見えてないみたい。頭を抱えながら、ゆらゆらとゆれている。風にあおられて髪の毛はぐちゃぐちゃだ。  師匠の目が金色に光りだした。師匠が息を吐くと、それが金色に色づいてもくもくと煙のように広がっていく。部屋中を吹き荒れる風にのって、ぐんぐん煙がかけまわる。だんだん煙が増えて、金色の竜巻のようになって大きなうねりを作ってる。これはもう、完全に師匠の竜巻だ。  竜巻は部屋全体をおおってたけど、じわじわとその渦が細くなっていく。そして、竹取さんを渦の中に閉じ込めた。竹取さんの叫び声が小さくなって聞こえなくなる。どうなっちゃったんだろう。  師匠は黙って竜巻を見つめていたけど、竹取さんの声が完全に聞こえなくなったら、竜巻にそっとふれた。師匠がふれたところから、しゅるしゅると竜巻はほどけてなくなる。中から、崩れ落ちた竹取さんが現れた。  師匠は竹取さんをあお向けに寝かせると、軽く肩をゆすった。まぶたがピクピクしたあと、重たそうに目が開く。まだ目は充血してる。僕の後ろから、煌子さんが駆け寄っていく。 「真宵っ、大丈夫? ケガはない?」 「お母さん」  煌子さんに抱きしめられて、竹取さんは何が起きているのか分からず混乱してるみたい。僕たちのことをどこまで聞いてるんだろう。あの状態だと、説明されても覚えてないかもしれない。抱き合う竹取親子に向かって師匠は水を差す。 「今のは応急処置だ。今のうちに、根本的な対策を練らないと意味がない」 「応急処置って? 今、師匠が竹取さんのこと止めてくれたんじゃないの?」  僕にはすべて解決したように見える。師匠は、ビシッと僕を指さした。 「お前、その姿で家に帰れるのか?」 「あっ」  そうだ、体が大人になっちゃったんだった! おばあさんも倒れたまま、動かない。 「お前とばあさんを元に戻して、坊主の暴走を根本的に解決しないと終わらん。あのままにしとくと、坊主とばあさんがどうにかなっちまうから、俺の魔力でねじ伏せてるだけだ」  煌子さんが心配そうにそわそわとしている。自分のお母さんと子供が一度に大変な目にあってるんだから、当たり前か。 「総嗣さま、どのような処置を施してくださったのでしょうか」 「表面に出てきてる魔力を多めに吸いとって、魔力に少しフタをした。時間稼ぎだ」  竹取さんはボーッとしていたけど、そのうちガタガタと震えながら泣きはじめた。大粒の涙がぼたぼたと畳に落ちていく。 「オレ、また、こんなめちゃくちゃに……もう、やだよ」  声をもらしながら泣く姿に心が痛い。竹取さんの声はかすれてほとんど出てない。あんな絶叫を、ずっと続けてたんだもんね。煌子さんが竹取さんを抱きしめながら、背中を優しくさする。  師匠はそんな竹取さんを見て、ため息をついた。 「おい、膨大な魔力をもつ魔法使いがメソメソ泣くな。それだけの力を持っていれば当然の出来事だ」 「ちょっと、師匠!」  とんでもないことを言う師匠に、慌てて止めに入るけど、師匠は僕のことなんかちらりとも見なかった。 「お前を助けにわざわざ来てやってるんだ。泣くよりもまず、お前の問題をしっかり解決しろ。お前の魔力に当てられて、ばあさんは今、虫の息だぞ」 「えっ」  震えながら泣いてた竹取さんは、師匠の言葉に後ろを振り返った。後ろに横たわるおばあさんを見て、竹取さんは勢いよく師匠を見上げる。おどろきで涙は止まったみたいだ。 「真宵、こちらは有名な魔法使いの総嗣さま。あちらはそのお弟子さんの、円くん。あなたの魔力の暴走が悪化する一方だったから、手を貸していただくようお願いしてるのよ」 「総嗣さま? あの大魔法使いの?」  竹取さんは師匠がすごい魔法使いだってことを知ってるらしい。目をまん丸にしておどろいてる。そんなにおどろくこと?   僕とパチッと目が合ったけど、不思議そうに見られただけで終わった。僕の体が大人になってるから、僕だって分からなかったのかも。となりのクラスの話したこともない、影のうすいやつのことなんて知らない可能性もある。なんたって竹取さんはかなりの人気者で、竹取さんが話しかけなくたって色んな人が群がってくるんだから。 「のどが切れて声が出ないんじゃ話にならんな」  師匠はどこかから金色のビー玉をひとつ取り出すと、竹取さんに差し出す。 「飲んでみろ」  ええっ! ビー玉を飲むの? 絶対に口に入れたらいけないって、小さい頃から口酸っぱく言われるやつなのに。飲むって、飲み込むってこと? 見てるだけの僕が目を白黒させさせてるのに、言われた竹取さんは平然と受け取る。  え、本当に口に入れちゃった!  ごくん、と竹取さんののどが大きく波打つ。普段飲んでる風邪薬の粒よりもずっと大きいのに。やっぱり大きかったのか、竹取さんはほんの一瞬だけ顔をしかめた。 「声を出してみろ」  師匠に言われて、竹取さんが口を開くと。 「あー……あれ、うそ。声が出る」 「これで話ができるな」  竹取さんは、かすれてほとんど出なかったはずの声が治って、のどを押さえて煌子さんと顔を見合わせてる。魔法使いの間でも、おどろく内容だったってこと?  びっくりしてる僕たちにかまうことなく、師匠は話を進めていく。 「時間がない。きいたことには即、答えるように」  そう前置きして、師匠は金色の目で竹取さんをまっすぐ見つめる。竹取さんも視線をそらさずに、しっかり前を向いた。もう体の震えはない。煌子さんがそっと、竹取さんから両腕を外した。 「魔力の暴走には、ほぼ必ず、何かしらのきっかけがある。今回のきっかけを、自分で分かってるのか?」  竹取さんは、数秒だまって師匠を見つめてから、こくんとうなずいた。 「その理由はなんだ」  竹取さんだけじゃなくて、煌子さんまでピシリと固まる、何か答えようと竹取さんの口が開いたけど、なかなか言葉が出てこない。 「あの」  竹取さんは、気まずそうな顔をしながら声をしぼりだした。 「生理が、きたからです」  ものすごく悔しそうな顔にも見える。口を一文字に結んで、眉間に深くシワを寄せてる。 「オレは、小さい頃から自分は男なんだと思っていました。家では男として過ごせるのに、外に出るとみんなから女の子として扱われるのが不思議だった。自分の体が女性なんだと知ったのは小学生になる少し前でした。学校生活を送る上で、どうしてもさけられないからと、両親から伝えられたんです。今でもその日のことを忘れられません。信じられなくて、家中の者にききました」  竹取さんは、深呼吸して息を整えた。思い出すだけで、息が乱れるほどつらい記憶なんだ。煌子さんがとなりで心配そうに見てる。 「小学生になって少しずつ、男女で体の作りがちがうことを学びました。でも、自分の体が本当に女性だって、どうしても受け入れられなかった。まだそんなに違いなんかわからないって、そう自分に言い聞かせてたんです。  でも、一月前に生理がきてしまったんです。朝起きたら、布団に真っ赤なシミが広がってて、一瞬でわかりました。そして、絶望したんです。  これがきてしまったら、もう自分の体が女性だって、言い逃れできなくなったって。本当に、女性だったんだって、思ったら、苦しくて、胸が痛くて、頭が、ぐるぐるして、きて……」  竹取さんはだんだん呼吸が速くなってきて、ハッハッハッと浅い息をくり返した。過呼吸ぎみになってしまった竹取さんに、煌子さんが急いで背中をさする。「ゆっくり吸って」と言う煌子さんの言葉に合わせて、竹取さんは肩で深呼吸を続けた。  師匠は「なるほど」と腕組みをして、その光景をながめている。 「その理由じゃ、今回の暴走を抑えても、また何度も似たような暴走が発生するだろうな」 「そんな」  竹取さんは、絶望のふちに立たされたような声をあげる。こんなことが何度も起こるなんて、たしかに鬱展開だ。 「人の体というのは、一度の変化ですべての成長を終えるわけじゃない。変化の波は何度も来るんだ。今でさえ、自分の体を受け入れられてないんだ。変化が起こるたびに荒れ狂うのは、目に見えてる」  師匠の言葉はたしかにその通りだけど、今の竹取さんにとっては厳しい。少し大人になるたびに、新たな絶望を味わうなんてつらすぎる。でも、受け入れるってどうやるの? あきらめるってこと? 「母から、魔力の影響で体と心の性別が一致しなくなってるんじゃないかと聞きました」 「それは俺も同じ意見だ。お前の魔力はかなりの量だ。一族の他の魔法使いと同じくらいの量なら、男として生まれていた可能性もあるが。始祖のかぐや姫とやらの影響を、誰よりも強く受けている。男の体で生まれてくるのは無理だったろうな」 「魔力をなくせば、男になれるんでしょうか」  なるほど、その手があったか、と僕は拍手を送りたかったけど、師匠の言葉に瞬時に腕を引っ込めた。 「月の一族は、魔力とともに、基本的な知識も薄れてるようだな。もって生まれた魔力をなくすことはできない。仮に魔力をなくせたとしても、体が男になることはない。影響のあるなしに関わらず、起きてしまったことは変えられない。そして、生き物の命や体の構造をいじるのは、魔法使いの世界では禁忌だ」  そうなのか。竹取さんはこの先、自分の体と、何とかしてうまく付き合っていかないといけないんだ。床を見つめてしょんぼりする竹取さんに、師匠も少し気まずそうな顔になる。 「魔法で変えられないからって、何もできないわけじゃない。こっちの世界では、医療が発達してんだから、大人になってから性別を変える手術を受けるとか、方法はあるだろ」  師匠なりのフォローを必死に入れてるのが伝わる。心配になって竹取さんを見ると、さっきよりは落ち着いた表情だった。こんなに色々、ハッキリ言われちゃってたけど、大丈夫なのかな。 「ずっと知りたかった答えを聞けて、ショックもありますが、少しスッキリしました」  しっかりお辞儀するその姿は、煌子さんの強い血を感じる。 「お前の暴走の原因は理解した。あとは問題解決の方法だ。その前に、まずはばあさんとそこの弟子をどうにかしないとな」  師匠の言葉に、竹取さんと煌子さんの顔色がサァッと引いていく。師匠はおばあさんの真横に腰を下ろして、詳しく様子を調べはじめた。
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