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駄菓子屋と新たな弟子
「次は坊主の番だ」
「はい」
もしかしたら、また魔力が暴走するかもしれなきから、と師匠は竹取さんを部屋の中央に連れて行った。
竹取さんは、にぎってた僕の魔力で作った石を見つめる。青い石を数秒見つめてから、ためらうそぶりもなくパクッと口に放り込んだ。のどがゆっくりゴクンと動く。
僕みたいに、とんでもなく苦しい思いをするんじゃないかとハラハラしながら見ていたけど、竹取さんの様子は何も変わらない。じっと、魔法石をにぎってた手を見つめたまま、動かない。
もう声をかけてもいいのかな。他の人の様子を確認しようとしたときだった。
「竹取さん?」
竹取さんの体が少しずつ光りだした。だんだん光が強くなって、目も銀色に輝いてる。魔力が暴走していたときと同じ見た目になってる。もしかして、失敗しちゃったのか。僕の魔力じゃ、役に立たなかったんだ。
煌子さんも、僕と同じく焦ったように竹取さんを見つめてる。やっぱり、様子がおかしいんだ。師匠はじっと竹取さんを見てる。助けようっていうそぶりがない。なんで、ただ見てるだけなんだ! また暴走する前に止めないと。
師匠に声をかけようとしたら、先に「シッ」と口の前に指を立てられた。
「静かに見てろ」
師匠はまた竹取さんに視線を戻す。真剣な横顔だ。何も説明はないけど、これはさっきまでとはちがう?
師匠は僕をチラッと見ると、あごでくいっと「あれを見ろ」、と合図する。
「あっ」
竹取さんの目が、銀色から少しずつ暗い赤色に変わってきてる! 体の光もゆっくり引いていく。どうしたんだろう。
竹取さんも、自分の光がなくなっていくのに気づいて、自分の腕や足を確認してる。そのうちに、竹取さんの目から大粒の涙が溢れだした。どこか痛むのかと思ったけど、竹取さんも自分の涙を見ておどろいてる。涙は出ても出ても止まらない。
涙が流れるうちに、竹取さんはその場にうずくまってしまった。もう体はどこも光ってない。泣いてるけど、具合が悪いわけじゃなさそう。もう、竹取さんの反応は終わったのかな。師匠の顔をそっとうかがうと、うなずかれた。もう大丈夫だと思ってよさそう。
本当は竹取さんのところに行って、声をかけたいのに、僕の体はさっきのできごとで自分じゃ少しも動けない。へっぴり腰になりながら、はいつくばるようにして部屋の中央に進もうとしたら、師匠が指を鳴らした。パチンと音がしたとたん、僕の体がゆっくりと宙に浮かんだ。
「うわっ」
僕は四つんばいのかっこうのまま、少しだけ浮かんでふわふわと竹取さんに近づいていく。思ってた空を飛ぶ姿と、だいぶちがう。もっとかっこよく飛びたかったけど、今はそんなことを言ってる場合じゃないか。
竹取さんのとなりに着くと、そっと降ろされた。うずくまったまま、まだ「うっ、うっ」と泣いてる声が聞こえる。どうしたんだろう。もし、僕の記憶が竹取さんに流れ込んでるんだとしたら、僕の記憶の何かがそんなに苦しめてるってことなのか。誰かを苦しめるほどの強烈な体験はしてないはずなんだけど、心配になる。
「竹取さん」
小さな声で呼ぶと、ビクッと肩がはねた。声は聞こえたみたい。でも、顔は上げてくれない。どうしよう。もう一度、声をかけてみる? 悩んでいたら、竹取さんの手が伸びてきて、僕の腕をがっちりつかんだ。
「ありがとう、円」
「え?」
突然、名前を呼ばれたことにも、なぜかお礼を言われたことにも、腕を強くつかまれてることにもおどろいた。
「あの、竹取さん、どこか痛いの?」
僕の質問に、だまって首をふる。
「じゃあ、苦しい?」
竹取さんは、また頭をふった。やっと顔を上げると、まだ目にたっぷり涙がたまってた。悲しい顔じゃなくて、優しい表情で僕を見てる。
僕のときと様子が全然ちがう。どういうこと?
「竹取さんも、僕の記憶が流れ込んだ?」
そうきくと、竹取さんはまた首をふる。ちがうのか! 同じことをしたのに、なんでだろう。
「よく、わからない。記憶とかじゃなくて、感情、かな。あたたかくて、やわらかくて、すごく優しいものが、ものすごいいきおいでたくさん胸の中に流れ込んできてる」
竹取さんが言うことが全然わからない。困って師匠を見てみたら、師匠もよくわからないようで、肩をすくめてた。
「これが、地球の感情なんだ」
「地球の感情?」
「円くんの魔力は、地球の心が入ってるのね」
煌子さんが納得しながら手を合わせてる。月の一族には、何かがわかったらしい。僕と師匠はまだ頭の上にハテナがたくさん飛んだまま顔を見合わせてる。
「真宵には、地球の魔力が入ったときに、地球の感情が一緒に入ったようです」
「うん、あったかくて、全部を包んでくれるみたいな。海に入ってるみたいな、ゆらゆらした感じもして気持ちいい」
少しだけ、わかったような気がするけど、難しい。僕が感じたのは、たしかに竹取さんの記憶や感情だったのに。
「月が地球にあこがれる理由です。あたたかくて、たくさんの生き物が暮らしていて、優しくて。月にはない感情をたくさん持っています」
煌子さんが涙をふいて答えられない竹取さんの代わりに、僕に答えてくれた。
「かぐや姫は、地球の優しくすべてを包んでくれるおおらかさと、あたたかい心にあこがれて地球にやって来ました。そして、育ての親や周りの人のあたたかさにふれて、地球で暮らすことを決意したのです」
煌子さんは、涙が止まらない竹取さんを優しく抱きしめた。煌子さんの腕の中で深呼吸をくり返してる。ぐずぐずの鼻をすする竹取さんに、ようやく師匠が口を開いた。
「思ったよりも、かぐや姫の影響が強かったな」
「ときどき、この子が魔力を通じて、かぐや姫と同調しているのではと思うときもあります」
竹取さんはようやく涙が引いてきたみたいで、真っ赤にはれた目をこすってる。銀色だった瞳は、ほの暗い赤色に変わったまま。銀色に光ってたときとは、またちがった神秘的な感じがする。
「目の色が変わっちゃったね」
「オレの目の色、変わったの?」
そっか、鏡で見ないと、自分の目の色の変化はわからないよね。鏡を指さすと、竹取さんはそっちにふり返った。
「本当だ……赤い」
竹取さんは、自分の目をさわりながら鏡に見入ってる。
「月蝕の色ね」
煌子さんのつぶやきに、師匠がうなずいた。
「円の魔力が小僧の中に入って、月の魔力を中和してるからな。地球の影に月が入ったみたいになってるんだろう」
鏡から目を離した竹取さんと目が合った。おだやかな顔になった竹取さんを初めて見た気がする。
「円、本当にありがとう」
改めてお礼を言われて、僕もぎこちなく「どういたしまして」と頭を下げた。僕が直接なにかした、とは言い難いような感じがする。それでも、竹取さんも煌子さんも二人して頭を下げてくれる。
「私からも、お礼を言わせてね。円くん、力を貸してくれて本当にありがとうございました。おかげで真宵がやっと落ち着いて、本当に助かってるわ」
「僕がなにかしたと言うか、師匠についてきただけって感じですけど」
あまり自信がなくて、あわててそう言うと師匠が背中をトンと叩いた。
「魔力を取り出したのは俺だが、その魔力を生み出したのはお前だ。お前の魔力じゃなきゃ、小僧はこうはならなかった。俺の魔力でやってたら、今頃暴走してたときと同じ苦しみを味わってたはずだ」
それを聞いて、竹取さんの肩がピクリと反応した。あの暴走は、本当につらかったんだ。
「だから、そうやっていちいち自分の功績を否定するんじゃない」
まっすぐ見つめられながらそう諭される。自分でやったことじゃない、と思ってたけど、僕じゃなかったら別の結果になってたと言われたらちょっと納得した。僕の力が必要だったと言われたんだから、そうだったんだって自分で思わないといけないんだ。
「うん、わかった」
素直に返事をしたら、ポンと師匠に頭をひとなでされた。小さな子みたいで恥ずかしいけど、ちゃんと理解したことを受け止めてもらった感じがして安心する。
「その目の色は一時的なものだ。円の魔力がなじめば元の色に戻る」
ずっと赤色じゃないと知って、安心した。あの銀色のきれいな目が、僕のせいでなくなっちゃったんだとしたら申し訳ないから。
「僕の魔力は、ずっと竹取さんの中に残るの?」
「そうじゃない。時間がたてば、体から追い出されて消える。それまでは小僧の中にいて、小僧の魔力を抑える手助けをする。お前の中に入れた小僧の魔力も同じだ」
師匠は僕のおへその辺りを指さす。
「ここんとこに感じるだろ」
たしかにさっきからずっと、あの石を飲み込んだ時と同じ、ちょっとひんやりした何かを感じてる。これが竹取さんのくれた魔力? お腹の奥で、うずまいてるような動きがある。
「ここまでしっかり円の魔力を飲む必要はもうないが、しばらくは魔力の干渉が必要だ」
煌子さんはだまってうなずく。僕の魔力がまだ役に立つと知って、心がわき立つ。
「円の干渉がなくても自分で魔力のコントロールが出来るように、自分の魔力の量に見合った器になるための修行も必要だ」
「はいっ」
竹取さんは真剣な顔で師匠を見てる。僕よりも師匠と弟子っぽい。
煌子さんが竹取さんから離れると、立ち上がって師匠に向き合って、「あの」と切り出した。
「我が一族では、お察しのとおり魔力も魔法の知識もすっかり薄れております。とても、この子の修行に向く環境ではありません。私達では、この子のことを持て余してしまいます。ご迷惑を承知で申し上げますが、この子の修行をお引き受け願えませんか」
師匠は僕を見た。
「弟子は選ぶんだが、ここまで魔力が多い魔法使いにはお目にかかれない。弟子として引き受けよう」
予想外の展開に、僕はすっとんきょうな声が出た。竹取さんも口をあんぐり開けてる。本当に竹取さんも僕と同じ弟子になるの? どんな気持ちが正解なのかわからない。竹取さんはどう思ってるんだろう。
「あの、本当に?」
信じられなくて師匠にきくと、煌子さんが心配そうに僕を見る。
「円くんはいやだったかしら」
「いえ! いやという気持ちはないです!」
本当に、いやな気持ちはこれっぽっちもないんだけど、誰かと一緒にやるってことに慣れてないから、正直戸惑ってる。それに、慣れないことで竹取さんに嫌われるのも怖い。いつも明るい人気者に嫌われたら、ダメージはでかい。今度は僕が学校に通えなくなりそうだ。
「一番弟子も問題ないらしいし、いいだろう。明日から平日は毎日俺のとこに来るように」
「よろしくお願いいたします」
煌子さんがホッとしたように笑いながら、師匠に頭を下げた。この日本当に、竹取さんは僕と同じく弟子になった。
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